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滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」 Posted on 2021/10/02 辻 仁成 作家 パリ

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某月某日、朝、コーディネーターさんから台風がノルマンディに上陸だそうです、とメッセージが入って、心臓が、砕けそうになった、父ちゃん。
「台風」
と聞いて思い出されるのは、2019年の還暦ライブ、オーチャードホール、その開演時間に、東京に上陸した台風・・・。
おかげで、ライブは中止に、苦い思い出である。
「フランスにも台風あるんですか?」
「台風ではないですけど、いわゆる嵐のバカでかい奴ですね」
「マジっすか、絶望的ですかね」
「でも、進路がわかりません。今、見ていると、今週末はパリに上陸するかもしれませんが、月曜日はどこでしょうね」
眩暈・・・終わった、と思った父ちゃん。台風、憎し。

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」



気分を取り戻すために、コーヒーを飲んで、NHKの制作会社から入ってきたいくつかのLineをチェック・・・。なんだか、時間がなさすぎるなぁ。
やっぱりNHKの撮影は急に過酷になってきた。
朝から八百屋に行き、秋の食材を買って、自宅のキッチンで料理を自撮りした。(Lプロデューサー曰く、締め切りが10月8日、らしい)
ところが、そこに、プレジデント社から今月出る(今月?)料理レシピ本のゲラが届いたのだ。今?
しかも、4日までにチェックしてほしいと植野編集長からの伝言付き・・・。
4日って、明後日、ぼくの誕生日でバスツアー&ライブの日じゃん。そんな~。
だいたい、今、ゲラやって、今月末に発売って、30年以上作家やっているけど、考えられない速度というか、それで、本が出せるプレジデント社は、ある意味凄い。これは、まず、植野さんにしかできない、スピード感である。
(しかも、帯に、作家ではなく、料理愛情研究家、となってる? わざと?)
あれれれれ??? そういえば、本のタイトル、昨日決定したんじゃなかったっけ? 
植野さんと昨日メールで協議して、「パリの食べるスープ(一皿で幸せになれる!)」に決定したのだけど、昨日、決まったのに、今月末出版って、おお、すでに表紙のデザインに、そのタイトルが刷られている。なんちゅー、だんちゅーーーー。

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」



とりあえず、ゲラのチェックをしていたら、田舎のアパルトマンのムッシュ・カイザー髭から電話がかかってきた。
「明日の管理組合の会議の件だけどね・・・」
おおおお、それかい、忘れてたわ。
必ず出席しないとならなかった。
精神的にも体力的にも距離的にも、もう、無理なので、カイザー髭さんに事情を説明し、バス会社のハーロンのせいにしといた・・・。
ともかく、委任状を書いて送ることになった。
「カイザー髭に一任する」というレターを書いて、サインをしなければならない・・・。
今回の(というか、ぼくにとっては、はじめての管理組合の会議の)議題は、二階の将軍こと90歳超の矍鑠紳士の家のベランダが朽ちかけているのでそれを直さないと危険だから直しましょうよ、という協議らしい。
ところが矍鑠紳士は修理代を払いたくないので、抵抗をしている・・・。(最初は、直さないと危険だから、みんなで出し合って直そう、と将軍さんは言っていた、らしい。しかし、管理組合が契約書を調べたら、ベランダは住人が自費で補修をしないとならないことが判明。不意に、このベランダは問題ない、と将軍が言い出したのだとか・・・明日は一波乱ありそうで、行かなくて正解であった)
どちらにしても、カイザー髭さんにぼくは任せることにして、ゲラはひとまず置いて、委任状の作成に取り掛かった。



委任状の作成をしていたら、パソコンの横に、赤い数字の半券が貼られている。おおおお、これは、あれだ!!! すごいことを思い出した。ぼくは「金曜日の午後仕上がり」で4日の衣装をクリーニングに出していたのだった。しかし、19時を回っている。(衣装と言ってもただのウエスタン・シャツだが・・・)ああ、もう閉まってるじゃん、間に合わない。月曜日は8時半バスに乗車だから、・・・とりにいけない。オーマイガッ。
そこに息子からSMSが飛び込んできて、
「今日は夜ごはんいらない。ウイリアムとトマと食べて帰る」
とメッセージ。忙し過ぎて、夕飯のことまで頭が回らず、作ってなかったから、それには、ちょっとほっとした父ちゃんであった。やれやれ。
委任状を作成しようと、再度、気を取り直し、パソコンを開くと、メールボックスに、息子の学校から今日、4通のメールが届いていた。4通・・・



息子は受験生なのだ。今がぼくのライブなんかよりももっと大事な時期なのであった。
慌てて、目を通した。
「注意。志望校の説明会に登録しないといけません。締め切り間近。あと、親子面談の日程を提出されたし」
と書かれてあった。
ともかく、息子もいないし、4日が終わるまで、今は落ち着いて対処が出来ない。
でも、とっても重要なことなので、やらなきゃ、親なんだから、という気持ちが、父ちゃんを背後から苦しめてくる。シングルファザーは辛いっす。
不意に、眩暈がしたので、携帯でTIKTOKでも眺めて、気晴らしをしようと思ったら、なぜか、ヤフー占いのページが飛び出してきた・・・。えええ?
2位だ。
なになに・・・。てんびん座、94点。
「嬉しいと思っていたことが楽にこなせそう」
と出ているじゃないか???
おお、占いを信じない父ちゃんだったが、今日だけは信じようと思った。

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」



占いの下に、開運のおまじない、というのがあった。
目標とする人がいたら、その人の背中を見つめながら「・・さんみたいになりたい」と念じて瞬きを一回、する、と書かれてあった。
まばたき???
目標とする人は誰だろう、と考えたが、見当たらない。
しかも、誰もいないので、瞬きが出来ない。そもそも、目標とか他人に対して思ったことがない。開運なしかよ、ということか。
それにしても・・・瞬きを一回って、くすっと微笑みを誘われた。
もしかしたら、ぼくの運勢がこの瞬間、変わったかもしれない、と思って、慌てて、ウエザー・パリのページに飛んでイスタンブール~。
おおおお、は、は、晴れになっているじゃないか!!! 
見よ、日ごろの行いの良さが、神様を動かした。
ほら、開運じゃ!!!!! 
台風は逸れる
んだ。みんな、やったぞ! 開運ライブじゃ!!!

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」

す、すると、この二週間、ずっと雨マークだった、アイホンの天気予報までが、晴天になっているかないか!!!!!
(奇跡か、ミラクルか・・・)
日曜日、100%雨、月曜日70%雨、火曜日100%雨だったのに、アイホンの天気予報、が、10月4日、晴れになっている。(正確には、曇りのち晴れdが、十分である)
62歳生誕祭、この勢いで、開運じゃ!!!

ヤフー占いは当たるのかもしれない。

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」

※ しかも、げ、月曜日だけ晴れって、すごい。
実は、もともと、夏の時点では、10月2日で進めていたのだけど、この日は、黄色いベスト運動がデモをやるとの情報があり、しかも、3日はシャンゼリゼに車が入れないとわかり、10月4日の月曜日になった、という経緯がある、
誕生日は最初、避けたかったのだけど、これはもしかすると、導かれているのかもしれない。本当に晴れたら、どうしよう・・・。



ぬか喜びをしていると、SMSにスタッフから、カード届きましたか? と緊急メッセージが飛び込んできた。
カード?
「4日のライブをドキュメント撮影するのに、SDカードがないから、Amazonで注文するって、辻さん、言ってませんでしたか? あれないと、7時間の撮影がスムーズにいきません」
えええええええ、今かい? 
それって、25日に注文をして、翌日、到着予定の256GOのSDカード!!! 
ぼくはAmazonのHPからマイページに入った。
自分の品物の追跡が出来るところがあって、ボタンを押すと、電話、メール、チャットを選べるみたいで、なんとなく、チャットにした。(朝の6時から夜中12時までチャットは応対可能)
「アナタの名前は?」
「ウィッセンといいます。はじめまして」
ぼくはウィッセン君に事情をチャットで説明したのである。
すると、紛失しちゃったかな、と返事が戻ってきて、のけぞった。
紛失って??? 
ウィッセン君が「じゃあ、送り直しますよ、または返金しますが、どっちかいいですか」と言ってきた。
「いや、大至急必要なんだよ、ウィッセン君。すぐに手配してくれないか。10月4日にバスが大型で、NHKが無茶言うし、ぼくはてんてこまいで、パニックな撮影があるんだ。それがないと、データを毎回、ハードディスクに移さないとならない。超、困るんだよ」
「ああ、ムッシュ、撮影ですね。了解です。今すぐに送りますから・・・。ご安心ください。日曜日には届きます。それでいいですか?」
そう言って、頼もしいウィッセン君は手配を完了した。
Amazon、凄い。
ってか、なんで、26日に届かなかったのか、っていう問題の方が問題か・・・。
チャットが終わった後、ウィッセンの評価ページに行き、ニコニコマークをたくさん付けてあげた、心優しい父ちゃんであった。

「嬉しいと思っていたことが楽にこなせそう」
これはいい文言である。



とにかく、ぼくの金曜日はこんな具合に過ぎていった。
で、一人なので、カップラーメンでも食べようかな、と思って、玄関に行ったら、4日、バスに搬入しないとならないギターや機材がどんと並んでいた。
これはこの土日中に、車に積み込んでおかないならない荷物である。
エレベーター無しの4階から、車まで、62歳になろうかという父ちゃんは、いったい、何往復??? 
あへ。

つづく。

滞仏日記「ぼくはもしかしたら、誕生日に死んじゃうんじゃないか、と思った一日」



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