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滞仏日記「パパ、幸せと喜びの違いがわかる? と天丼を前に息子に問われた。汗」 Posted on 2021/09/29 辻 仁成 作家 パリ

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某月某日、「天丼食べにいくか?」
「え? Oさんとこ? 行く」
ということで、息子の勉強が終わるのを待って、(なかなか終わらなかった)、21時過ぎに、2人で出かけた。
Oさんは少し前の日記、「パリのおっさんずラブな4人の終わらない青春」にも登場した板前さんなのだけど、息子が小学生の頃からの、顔なじみ。
「この間、坊ちゃんと道ですれ違って声かけられたんですが、気づかなかった。大きくなりましたねぇ、一度、連れてきてください」
とOさんに言われていたので、夕食作るの面倒だから、今日、出かけることにした。



ライブが近いというのに、人生いろいろとある上に、月一で襲ってくる家事やりたくない病がここにきて勃発・・・・。
昨夜から、なんにも出来ない状態が続いていて、昨日閉めきりのエッセイなどもまだ手づかずな状態である。
(でも、ライブが近いので、ランニングだけはした。体調は万全)
息子は受験生だし、食べさせないわけにもいかない・・・。親は大変である。
昨日は、冷凍食品を解凍して与えたが、大事な時期だから、Oさんの店のことを思いついた。
あそこには息子の好物の天丼があった、と・・・。
世界一美味しい天丼なのに、メニューにはない。
何で、出さないの、ときいたら、手間がかかるから、とOさん、・・・見事な回答にびっくりした。
でも、息子には出してくれるのだ。
面倒くさがり屋だけど、子供好きな優しい人でもある。
ぼくらはカウンターのいつもの席(勝手にそう呼んでいる)に陣取った。



お刺身と、西京焼き、天丼を頼んだ。仲良く、わけわけした。
「なんの勉強してたの?」
8時に予約したのに、息子が勉強が終わらないので、9時を過ぎてしまった。何回か、部屋を覗くと、まだ、もう少しかかるから待って、と言われた。
勉強しているのに、ご飯に行こう、とも言えないので、着替えて、玄関で待ち続けて、45分・・・。その間に、Oさんから、まだ来ないんすかー、と催促ラインあり。笑。
「幸せについてのレポートを書いていた」
「マジか。そんなの簡単じゃないじゃん」
「うん、難しいよね。だいたい、一万字くらい書いた」
ほー。
刺身をつつきながら、話しは続いた。
「で、幸せについて、なんて書いたの? 知りたいね」
「ぼくの意見としてはだけど、幸せと喜びは違うんだよ。パパ、その違い、わかる?」
は???

滞仏日記「パパ、幸せと喜びの違いがわかる? と天丼を前に息子に問われた。汗」



そこから先は、チンプンカンプン。
「エピクロスってわかる?」
「なに?」
「エピキュリアンの」
「ああ、享楽主義者?」
「エピクロス派が=快楽主義者とは言えないと思うけど、ま、その、エピクロスはね、美徳を人間が求めていくことがその人の幸せにつながると説いたんだ」
※この辺、彼は仏語で言ったので、ぼくの聞き間違いもあるかも・・・。
「なるほど」
なるほど、と言いながら、ちと難しい。余裕でわかってるふりをしている父ちゃん。父ちゃんの仏語の限界突破の氷川きよしさん、、、
「で?」
「アリストテレスが説いた幸福というのは、単に快楽から得ることじゃない、と快楽主義を批判している。アリストテレスは、間違いもかなりあるんだけど、でもまず、政治を実践し、人間の根本にある理性を追求することが大事だって、言ってる」
「なるほど」
親として威厳を保って聞いていたけど、頭が雲丹。
チンプンカンプーーーーーン、であった。

滞仏日記「パパ、幸せと喜びの違いがわかる? と天丼を前に息子に問われた。汗」



「あの?」
「なに?」
「幸せと喜びの違いって話しだけど、どこにたどり着くの?」
息子が笑った。
「これはぼくが考えたことだけどね」
「はい」
「幸せになるためには喜びが必要だけど、喜びだけでは幸せにはなれないってことだよ、パパ。エピクロス、アリストテレス、プラトン、ソクラテスとか、読んでたどり着いた考えだけど、分かる?」
「え?」
あはは、と笑ってごまかした父ちゃん。
「もちろん、よくわかるよ。いい意見だね。幸せになるためには喜びが必要で、でも、喜びだけでは幸せにはならない。それが君が今日、一万字で書いた論文なんだね?」
「ま、そうだね。もっとあるけど・・・」



帰り道、来年の大統領選挙の話しになった。
候補者全ての名前をあげて、その政策の違いを息子が日本語でたどたどしく説明してくれた。
「ぼくは彼らの議論を毎日、チェックしているけど、面白いよ。誰が正しくて、誰が欠落しているのか、が議論でよくわかる。議論すること、議論を訊くこと、とっても大事だ。市民は政治家の意見に耳を傾けないと、自分の人生を台無しにする」
息子は政治的人間なのだ。彼はそういう専門の大学に今、進もうとしている。どこに進学するか、その話しにもなった。その話しの延長戦上で、彼はこう続けた。
「コロナなんだけど」
ぼくにはもはや自分の息子という感じがしなかった。
「結局、コロナで慌てている世界というのは、市民が政治をしっかり選択していないからなんだ。不平不満が出るのは、選挙権があるのに、その権利をちゃんと使わないから、こういう世界の難が来た時に市民のための政治が機能できないことに問題がある。そこをね、ぼくは今、勉強している。右とか左ではなく、市民が、人間性を保って生きていくために必要なのは政治なんだよ。わかる? 」
もちろん、と父は答えておいた。

チンプンカンプン・・・・つづく。

滞仏日記「パパ、幸せと喜びの違いがわかる? と天丼を前に息子に問われた。汗」



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