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滞仏日記「ここのところ、大失態が続く、父ちゃん。今日の失態はきつかった・・・」 Posted on 2021/09/27 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、朝から新刊のゲラのチェックや10/4のライブの練習など忙しくしていたこともあって、ふと気が付くと12時を回っていた。
やべ・・・。
昼ごはんのこと、すっかり忘れていた。キッチンに行くと、息子がお菓子を食べていた。
「今日のごはん、何?」と息子。
「それが、あのね、忙しくて忘れてた。お腹すいたよね?」
「うん。忙しかったならしょうがないね。ぼくがなんか作ろうか?」
と息子・・・。
「マジか?」
息子は冷蔵庫を開けた。ぼくも彼の横から冷蔵庫の中を覗き込んだ。
食材がいっぱい。これはぼくが買ったものが半分、半分は身に覚えのないもので、多分、ぼくが田舎に行っている間に、息子が買ったものに違いなかった。

滞仏日記「ここのところ、大失態が続く、父ちゃん。今日の失態はきつかった・・・」



「カルボナーラ食べたいな」とぼく。
「カルボナーラは、でも、NHKの番組でぼくが作るんじゃなかったっけ?」
「でも、別に、今でもいいんだよ。カメラマン、パパだし、カメラじゃなくて、携帯だし、(笑)、パパの携帯で撮るんだから・・・」
正直、このまま作ってもらえるなら、めっちゃ助かる。
昨日は「いいよ」と撮影を引き受けてくれた息子だが、受験生だし、日々激動の毎日だし、明日から学校だし、NHKの締め切り再来週だし、・・・本当に料理してくれるかどうか、実は超、心配だった。(実情を知らない皆さんに、NHKさんに日常生活のドキュメンタリー番組の制作を依頼されているのである。自撮りで・・・)
それに、ドキュメンタリー的には自然な感じで始められる方が作為がなくていいし、と思っていたら、息子が卵の箱に手をおいたのである。おおお、マ、マジか。
「作るの?」
「うん。だって、お腹すいたし」
「じゃあ、携帯で撮ってもいい?」
「ってか、こんなんでいいの? ぼく、Tシャツとジャージだけど」
「いいよ。手元しか撮影しないもん」
もん、がでた。父ちゃんが、~もん、という時はだいたい怪しい。



昔、転倒し唇を切って十数針縫う大変な事態になった時、行きつけの大病院の皮膚科の先生が手術することになった、すると、看護師さんが、「先生、手術できるんですか?」と驚くべきことを、ぼくの横で先生に言ったのだ。
ぼくが青ざめていると、若い先生が、ちょっとむっとした顔になって、「できますよ、だって、ぼく医者だもん」と言ったのである、もん・・・。
その時の、ぼくの衝撃、想像してほしい。
唇が輪切り状態で切れているのを、医者だもん、と言い切った先生が、看護師さんの心配を振り切って、縫ったあの時、ぼくはもしかしたら、人生が終わったかな、と諦めた瞬間でもあった。(実際には素晴らしい先生でした。笑)
ともかく、その頃から、なんか状況をごまかす時に、この「もん」を多用するようになった、のであるもん。

滞仏日記「ここのところ、大失態が続く、父ちゃん。今日の失態はきつかった・・・」



ぼくは慌てて、自撮り棒と携帯を取りに仕事場に戻ることになる。キッチンに戻ると、息子はすでに準備を整えていた。
「え? 包丁使わないの?」
「使わないよ」
「じゃあ、玉ねぎ、入れないの?」
「玉ねぎ? え? 入れてほしいなら、入れるよ」
包丁を使わないというのがあまりに衝撃的であった。
玉ねぎくらいカットしないと絵にならないと思ったので、玉ねぎ入れてほしい、とお願いした。
野菜室から玉ねぎを取り出したところで、ぼくは携帯を回しだした。
急な出来事で、びっくりしていた。
昨日、NHKの撮影に関して、快諾をしてくれたのに、今日、もう撮影だなんて・・・。
Lさんが聞いたら、喜んでくれるだろうか? 
いや、まだぬか喜びは早い。
だいたい、ぼくは息子がカルボナーラを作るところを見たことがないし、そもそも食べたこともないからである。



しかし、その手さばきというか、手慣れた感じというか、それは我が息子ながら、どこで覚えたのだろう、と思うほどに、手際が良かった。
「どこで、勉強したの?」
「それ、どこで使うの?」
「なんで包丁使わないの?」
「調味料は何をどこで入れるの?」
「パスタの茹で時間は?」
「それ? そんなやり方? なんで???  どこで学んだの、君、天才か?」
という驚きの連続で、気が付いたら、15分ほどでカルボナーラが出来てしまっていた。
「パパ?」
「はい」
「出来てるよ。ほら、完成」
「早ッ」



ということでぼくらは並んでカルボナーラを食べることにしたのだけど、こんなに面白いならば、固定のカメラを回しておけばよかった、と今更ながらに、後悔をした。
しかも、めっちゃ、美味しそうじゃないか・・・。写真も撮影してない・・・。ぎゃふん。
「あの」
「なに?」
「なんか、こんなあっという間に出来ると思ってなかったからさ、かなり手振れしているんだ。それに、携帯だけだから、現場からの中継映像みたい・・・」
息子が笑って、それぼくのせいじゃないよね、と言った。
パスタを食べようとしている息子にお願いをした。
「いや、せっかくだから、パパが食べるところだけでも、この携帯で撮影してくれないかな? 今更だけど。あとで制作会社の人に怒られそうで」
「いいよ。でも、ぼくは受験生だから、もう作らないからね? あとでNHKの人に、もう一度、作って、とか言われても、もう無理だよ。今週はテストが続くんだ。火曜日、金曜日、次の週もテスト・・・」
「あ、はい。もちろんです」
がっびーーーーーーん。せっかくのチャンスだったのに、眩暈が、・・・悔しい~もん。



と、食後、ぼくは部屋に戻り、データをパソコンに流し込んで、大画面で見てみたのだけど、ひ、ひどい。
父ちゃん、興奮しまくって、嬉しくて、一緒に作る気になって、意見やダメだししているし、マジ、動き回っているから、せっかくのチャンスだったのに、テレビで使える代物ではない。あはは・・・。
Lさん、ごめんなさい!!!!!!
ああ、Lさんの悲鳴が聞こえてくる。
いくら編集が上手な西山ディレクターでも、これは無理だろう。
渡す前に、削除するしかない。
で、改めて、いつか、機嫌のいい時に、作り直してもらうしかない息子のカルボナーラ、さよナーラ・・・・。
こんな日もある。肩を落として、俯く、父ちゃんであった、もん。

つづく。

滞仏日記「ここのところ、大失態が続く、父ちゃん。今日の失態はきつかった・・・」



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