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パリ最新情報「モンマルトルの小さな美術館」 Posted on 2021/09/25 Design Stories
一人で考えふけりたい時や、人疲れしてしまった時など、どうしようもなく静かなところに行きたくなる。
「都会の喧騒を忘れさせてくれる」、ここモンマルトル美術館は、そんな言葉がぴったりだ。
星の数ほどあるのでは?と感じるくらい、パリには美術館が多く存在する。
大型美術館での名作鑑賞も素晴らしいが、市内に点在する邸宅美術館も粋があって捨てがたい。
モンマルトルの丘の頂上にある、こじんまりとしたモンマルトル美術館は、この界隈で最も古い2棟の建物から成る邸宅美術館。
この辺りは、ルノワールやデュフィ、シュザンヌ・ヴァラドン、そしてその息子ユトリロなど、数多くの芸術家たちを魅了し、その暮らしの場となった特別な地区だという。
モンマルトル美術館で展示されている作品は、カフェや酒場の看板、小説の挿絵、ムーラン・ルージュのポスターなど、古き良きモンマルトルの雰囲気を味わえるものばかり。
大作に出会えるというわけではないが、この美術館に一歩足を踏み入れればそこはベル・エポックの世界。ここだけ特別な時間が流れているのではないかと思うほど、個性があって面白い。
2棟のうちの一棟、常設展示が行われているベルエールの館では、モンマルトルの娯楽文化に関するコレクションを観ることができる。
「ムーラン・ルージュ」で大流行したフレンチカンカンの展示や、「ル・シャ・ノワール」に代表する古き良き時代のキャバレーのポスターなどがあり、館内はまるで19世紀末の息吹を宿しているようだった。
向かいにあるデマルヌの館は、企画展とアトリエが展示されている。
この期間はラウル・デュフィ(1877-1953)による、パリをテーマにした作品が多く展示されていた。
デュフィの絵は、生きる喜びにあふれている。なかでも「暮らしのなかの美」を扱った作品はバラエティーに富んでいて、生活に密着したテーマのものが多かった。
デュフィはタペストリーにも関心を持ったという。
1922年から10年間、家具職人と協力し、パリの名所をテーマにゴブラン織の椅子を制作した。「色彩画家のデュフィ」と言われるだけあって、そのテキスタイルデザインはメリハリが効いている。デュフィらしい、ノーブルで華麗なデザインが印象的だった。
モンマルトル美術館のなかでも、注目すべきは女性画家スザンヌ・ヴァラドンのアパート兼アトリエだ。人生の大半をモンマルトルで過ごしたスザンヌは、15歳でモデルとして彼女のキャリアをスタートさせた。
恋多き女性だったという彼女は、ルノワールともロートレックとも関係があったと噂されている。
そして彼女の息子、ユトリロも画家だった。
しかしスザンヌは、息子の友人ユッテールと21歳の年の差を乗り越え恋人関係となってしまう。このアトリエは3人の画家が共同生活を送った場所でもあった。
やがてユッテールが出て行って恋は終焉を迎えることになるのだが、共同生活の時代は互いに感化されたのか、3人とも多くの作品を生み出したという。
男性画家のアトリエのような無骨さがなく、少し艶っぽさを覚えたのはそのためかもしれない。
それはそうとして、このアトリエは自然光が多く差し込み、とにかく柔らかい印象を持つ。
快晴の日も良いが、雨の日、雪の日も趣がありそうだ。
ここでスザンヌは後のフェミニズムの題材として語られる「裸婦像」を多く描いたというから、受けたインスピレーションは計り知れない。
美術館でもう一つの楽しみと言って良いのが、併設のカフェやレストランである。
モンマルトル美術館の「カフェ・ルノワール」は、パリの併設カフェのなかでも1、2を争うほど美しい。
この庭園カフェは、モンマルトル美術館の敷地の大部分を占めているのだが、実はルノワールのいくつかの作品の舞台となった場所だ。
「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」「ブランコ」「コルトー通りの庭」などが描かれたことはよく知られている。
他の美術館と違うのは、やはりその静けさ。
騒音とも、人混みとも無縁のこのカフェで過ごす時間こそが「贅沢なひと時」なのではないかと思った。
1人だったら読書を、2人だったら携帯をカバンにしまって大切な人とのおしゃべりを楽しみたくなる。
また、庭園からはパリ唯一のブドウ畑も一望できる。
毎年10月には街をあげての収穫祭が行われるそうなので、モンマルトルの秋は一年のうちで最も賑やかになる。
この畑で収穫されたブドウで造られたワインは、モンマルトル美術館のお土産屋さんでも買うことができるという。
モンマルトルの街は、パリの中心部とは異なる風情があり、表現者たちにも大きな影響を与えた。そんな「愛すべき下町」モンマルトルにあるこの小さな美術館、癒しを求める現代人にぴったりな場所と言えるのではないだろうか。(内)