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退屈日記「フランスの中秋の名月」 Posted on 2021/09/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、明け方、目が覚めて、水を飲みにキッチンに行ったら、なんだか、床が仄かに明るいので、なんだろうと思って、窓辺に行き、呼び寄せられるように、覗き込んだら、そこに中秋の名月があった。
大きな満月で、昼間かと思うような明るさだった。
その満月の下は陸地、小さな民家がいくつか点在する小高い丘状の土地なのだけど、そこには霧が棚引いていた。
フランスの景色というよりも水墨画のような風景で、しばらく、ぼくは動けなくなった。

退屈日記「フランスの中秋の名月」



中秋の名月というのは旧暦で8月15日、つまり今の暦だと9月22日(9月21日)にあたるようだ。
この中秋が満月になるのは実に8年ぶりなのだとか。ちなみに、次回は2030年。
中秋の名月はいわゆる「十五夜」と同じ意味である。大昔、芋類の豊作を月に供える風習から始まった言葉とされている。
旧暦の秋は、現在とは異なり、7月から9月のことをさしており、そのちょうど、真ん中、旧暦8月15日のお月様のことを中秋の名月と呼んだ。
なるほど、十五夜、だね。

退屈日記「フランスの中秋の名月」



さて、中秋の名月に心を奪われたぼくは再び眠れなくなって、窓辺に椅子を持ち出し、月見酒としゃれることにした。ギターを持ち出して、つま弾いてみた。
夜なのに、明るく、本が読めそうであった。
昔の人は、こうやって、月を見上げて、うたを作ったのにちがいない。
時代がこんなに進歩をして、科学や兵器がどんどん開発された世界になっても、この満月をみあげて、思う人間の心は一緒であってほしい、と願ってしまう。
いつか、月に帰りたい、とぼくは思った。

退屈日記「フランスの中秋の名月」



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