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滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」 Posted on 2021/09/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、洗濯機がピーピーと鳴り響く。
あれ、これぼくじゃないなぁ、と思うのだけど、なかなか息子が消しに行かないので、ぼくは机から立ち上がり、キッチンへと向かった。(キッチンに洗濯機があるのだ)
すると、息子がドタバタと自分の部屋から飛び出してきた。
「あ、洗濯機が」
「わかってる」
ピーピーピー、洗濯機が「終わったよー」と伝えている。
ぼくもとりあえず、朝のコーヒーでも淹れようとキッチンに顔を出す。全自動洗濯機の中から大量の洗濯ものを引きずり出す、息子・・・。
しゃがんで、引っ張り出している。靴下、それはぼくが買ってあげたピューマの靴下だけど、その片割れが床に落っこちた。
ジャージ、Tシャツ、ジーパン、パンツ、etc・・・
自分の膝の上にそれらをまとめてる息子の姿を上からじっと見下ろしていた。
なんか、受験生なのに、学校に行く前にこの子はいつも洗濯をしている・・・。どこの子もそうなのだろうか、アメリカや日本の高校生も・・・、とぼくは思った。

滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」



息子が洗濯が終わったものを抱えて立ち上がり、ぼくを避けて、彼が普段使っている小さなシャワー室へと入った。
うちは小さな浴室が2つあり、一応、それぞれに小さなトイレもついているので、別々に分けて使用している。
洗面台の下の引き出しの中にパンツとか靴下とかタオルが仕舞われてある。その横に、ドライヤーも、あったりする・・・。
毎回思うけど、結構、いい加減に詰め込んでいる。
で、残ったジーパンとかTシャツを自分の部屋に持っていった。クローゼットの中にしまうのだ。
ママ友のソフィが
「ヒトナリ、もう自分で何でもやらせないとダメよ。そうじゃないと社会に出ていけなくなるわよ」
と息子が高校生になった時に、注意を受けた( ^ω^)/・・・
それ以降、洗濯、トイレ掃除、自分の部屋の掃除は自分でやる、ことになった。
時々、ベッドのシーツとかを取り替えてやるけど、あとはやらない、ルール・・・。
息子がいなくなったあと、息子が下着などを詰め込んだ洗面台の引き出しを開けてみた。
パンツもピューマの靴下もいっしょくた。ぐちゃぐちゃに入れられてあった。
ん? よく見ると、髪の毛が数本落ちている。
たまにぼくが掃除をしているけど、ぼくも忙しくなると手が回らないので、ここのところ、ほったらかし、・・・ううう、今日は汚い。
仕方ないから、ササッとふいてあげた。

滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」

※ これは大好物のベトナム料理、パランカンの鶏肉の生姜煮丼。めっちゃ、うまい。ここのギャルソンのスティーブン君がいい子だ。日本の指圧の先生を紹介して、とうるさい。( ^ω^)・・・



ちなみに、ぼくが高校生の時は、受験が終わるまで実家にいたので、全部、母さんがやってくれていた。
大学生になり、一人暮らしをするようになってから、ぼくは自炊を覚え、洗濯とか、掃除もやるようになった。
息子はそれよりも3年早く、やっていることになる。時代が違うのだろうか・・・。
フランス人のお母さんなら、高校生からは全部自分でやらせるわよ、とソフィが言ったが、ほんとうだろうか? 
アレクサンドルのお母さんのリサも同じことを言っていた。
ぼくはだいたい、甘やかしすぎなのだ、そうだ。・・・やれやれ。
そういうところの加減が分からない。受験に集中させてやりたいとは思うけど、・・・
デザインストーリーズのパリ・スタッフ、ライターさんもママさんが多いので、やっぱり、自分でやらせている、という。
なんとなく、胸が痛むけど、ここまでやってきたので、大丈夫だろう、と考えるようにして、様子を見ている。
でも、引き出しの中の抜け毛とか、ゴミ箱の中のものとか、机の上に置きっぱのコップとか、・・・気が付いた時にこっそり片付けてやればいいか、と思った。



今朝、パリ市内バスツアー&ライブの回線チェックがあり、出かけようとしていると、上の階にいる若いカップルの旦那さんの方と階段で久しぶりにすれ違った。
「ああ、ヒトナリさん。ご無沙汰です」
「シルバン、どうしてたの? ずっといなかったでしょ?」
「ちょっと南仏の方で仕事があり1年くらい向こうで働いてました。来月から夫婦でイタリアのトリノに移ります」
「じゃあ、ここは?」
「ここは気に入ってるから、友達に貸す予定で、また、戻ってきますよ」
この夫婦は学生なのだ。学生と言っても、2人とも30歳を過ぎている。
フランスには政治家や官僚を目指す専門の大学があり、彼らは夫婦でそこの大学院にいる。マクロン大統領とか、フランスの政治家はほぼ全員、そこの出身だ。
その大学で政治家になる訓練を受け、優秀な生徒は、国から給料を支給されている。
彼らも将来、フランスを動かす政治家とか官僚になる予備軍なのだ。
シルバンが、10年後、フランスの大統領になることもありうる。
マクロン大統領はぼくが前に住んでいたアパルトマンの隣の建物に住んでいた。何度もすれ違っていたのだろう。で、ある日、突然、大統領になった。
こういうことが本当に普通に起こりえる。今の、カステックス首相はかなり優秀だけど、彼は、首相になる前日まで全国的には、ほぼ無名だった。

滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」

※ 今日は10月4日、パリ市内ツアー&ライブのロード回線チェックがあった。結構、生きているといろいろと忙しい。笑。

滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」



シルバンたちが、トリノに行くというのは、多分、フランス政府の公使館などで働くということだろう。
日本の政治家のような「地盤」というものがそもそもないので、日本のいわゆる2世議員みたいな政治家を、ぼくは知らない。
みんな、その手の大学を通過して、政治の専門家になっていく。
実は、うちの子も、一応、まだ迷いつつも、そういう大学を目指して、専門の予備校に通っているのだけど、今のところ、まだ成績がちょっと、・・・追いついていない・・・
息子はシルバンのような仕事に多少憧れがあるようだ。
シルバンは「いつでも、アドバイスしますよ」と言っていたけど、パリにいない日が続いたので、相談できず・・・、その間に、息子は高校三年生になってしまった。
「シルバン、ライブやるんだけど、17日、来ないか?」
「え? 辻さんのライブ、見たい。日程、ちょっと調べないとわからないけど、あとでSMS送ります」
「うん、で、もし、チャンスがあったら、息子と話しをしてやってほしい。君が通っていたような大学を目指しているんだよ」
「あ、もちろんですよ。前に約束したし」
心強い。ぼくの周りでは、何よりの経験者である。
でも、頑固な息子がシルバンと膝を付け合わせて話し合ったりするか、は謎。僕がお膳立てしたというだけで、警戒心マックスになる・・( ^ω^)・・・
ぼくはぼくなりに、まだまだ茨の道にいるが、あと、10か月以内で息子の道が決まってしまうので、心を引き締めつつ、生きている。
父ちゃんにできることは、ご飯を作ること、下着入れの掃除とか、ゴミ箱をこっそり片付けることくらい、あ、そして、見守ることだ・・・。

今、シルバンから連絡あり、ライブ、来るって・・・、嬉しいじゃないのー。息子をよろしくね!

滞仏日記「受験生にどこまで手を差し伸べるか、で悩んでる」

※ 今日はパリ文化会館の17日のライブの会場視察もあったのだ。大きな会場であった・・・。右が会館のムッシュ・白崎。左が舞台監督のフランソワさん。



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