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滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」 Posted on 2021/08/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、田舎の仕事場で小説と向き合っていたら、いきなり、かもめの大群が窓の外を横切った。
ありゃ、すげーと思って立ち上がり、窓辺に立って、ひっくりかえった。
遠方の山側の村の上を覆うようなものすごいかもめの大群が飛んでいる。
しかし、飛び方が変だ。
それでよくみると、小さい。
普段のかもめの4分の1程度の子かもめなのである。
そこで、先月、下の階のカイザー髭さんが言っていたことを思い出した。
「辻さん、あのね、春に生まれた子供たちだけど、8月のある日、彼らはここを飛び立ち、大人の仲間入りをするんだよ」

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」



滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」

地球カレッジ

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」



今日がその日なのだ、と思った。
でも、ぼくの想像とはうんと異なっていた。
かもめたちは一羽ずつ飛び出し、親がそれを指導するのだろうな、と思っていた。
そうじゃなかった。
一斉に、飛び立っているのである。
遠くの村からこっちの村まで、海沿いにつらなる家々の上を教会の上を港の上をもの凄い数のかもめの赤ちゃん、というか、子供たちが飛んでいる。
それも、鳴かずに、静かに、ふらふらしながら飛んでいるのだ。
ふらふら、ふらふら、あやうい。
中には、風にあおられて、バランスを崩すかもめもいる。
墜落しかけて、ふんばり、なんとか上昇したものもいる。
がんばれー、と思わず声が飛び出してしまった。

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」



それはかなり壮観な眺めであった。
うちの前の通りを挟んだ前の建物のご夫妻もそのかもめたちを指さして微笑んでいる。
これは誰が教えたというものじゃなく、本能なのだろう。
ある日、一斉に飛び立つのだ。それは、すさまじい。
先日、この日記で、パリのセーヌ川河畔で小さなかもめを目撃したことを書いたけれど、あの子たちも、もしかしたら、まだ巣立ったばかりの若いかもめなのかもしれない。
ここの子たちよりは少し早く、飛んだ、ということだろう。
「辻さん、野生ってすごいなって思うんだけどね。飛び立つまでは必死で子育てをする親たち、子供が飛び立つとね、もう面倒は誰もみない。うまく飛べずに落下して死んでいる子もいるんだ。一度、うちの下に落ちていたので、心配していたけど、親はもうどっかに飛び去ってしまった。見捨てるというより、それが野生というものなんだね」

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」



かもめの巣立ちは太陽が沈む、少し前、時間でいうと、20時半くらいからはじまり、9時半くらいまで続き、その後、いなくなった。
どこに戻ったのだろう? 
どこかにすでに彼らの新居があるのだろうか? 
親かもめたちは自分たちの巣に戻っていつものような感じで、上空を眺めているが、子供たちはいない。
彼らはどうやって、餌を自分で探すのだろう? 
どうやって風の乗り方をマスターしていくのだろう? 
どうやってこれから一人で生きていくのだろう? 
どうやってこれからつがいを見つけるのだろう? 
これを本能というのだ、と思うとぼくは感動をした。
彼らの寿命は20年ほどあるという。
結構、長生きなのである。
自然の偉大さの前で、涙が出そうになった。
息子にその中から一枚の写真を選んでSMSで送ってみた。
返事は戻ってこないだろう・・・。仕方ない、彼も今、離陸の途上にあるのだ。

滞仏日記「感動の瞬間。みーみーたちが一斉に飛んだ。かもめの子供たちの離陸」

そして、かもめたちがいなくなると、不意にどこからともなく、月が現れ、世界一気に夜になったのである。
明日の朝から、彼らの自立の一日目がはじまる。

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