JINSEI STORIES
退屈日記「サービスエリアで世界最高のホットドッグを齧った父ちゃん」 Posted on 2021/08/18
某月某日、ぼくはハンドルを握りしめ、とりあえず、自分の家に戻る途上にいた。
なんだか、コロナ禍に気を奪われている隙に、この世界は無茶苦茶になってきたけど、アフガニスタンから届く映像(離陸しようとする飛行機に飛びつく人たち)を見て、少し前からわかってはいたことだが、アメリカが世界の警察だった時代が終わったな、と思ったのと同時に、日米同盟の未来もうかうかはしていられず、じゃあ、ここまで経済的に深い結びつきで繋がれた世界でどういう勢力が手を組んで拡大し、かつての資本主義とか民主主義とかいう世界にとってかわろうとするのか、それともそれを旧勢力が逆転させる何か新たな結束が試みられるのか、数年後の世界について、高速道路のサービスエリアで、仏版ホットドッグをかじりながら、ぼくは鬱鬱と考えていた。
※ソーセージの下にベシャメルソースと粒マスタードが隠れている。上からチーズがたっぷり、これをオーブンで焼いたものがフランスではホットドッグと呼ばれている。(ショー・ソーシス)
タリバンの勝利だけど、2011年には10万人もの米兵が駐留していたわけで、アメリカや世界がアフガニスタン・イスラム共和国につぎ込んだお金は気が遠くなるほどで、それでも、また、ベトナム戦争の二の舞のようなことが置きつつあり、アメリカ軍が撤退する映像と、ある意味、あっという間にカブール陥落へと駒を進めたタリバンとの対比に驚きつつ、アルカイダの復活も十分起こりえるわけで、不安定な中東にこれまでとは違う価値観が生まれ、新タリバン国の樹立が反米的な国々やテロ組織に勇気を与えることは間違いなさそうで、一方でさらなる移民の流出が欧州の民族主義を刺激し、この流れがコロナ以上の速度で世界を変える時、ぼくらはどういう世界と向き合うことになるのか、ちょっと冷静に想像をしてみる必要があるのかもしれないな、と思った。
サービスエリア内は食事をする場所以外では衛生パスポートの提示は必要なかった。
パリでも、スーパーはパスの提示を求められない。
それと一緒の扱いだったから、サービスエリアはもの凄く混雑していた。
つまり、衛生パスポートというものは、そこに留まる人たちに適用されるものだということで、トイレに立ち寄るだけの人とか、何かを買いに来ただけの人には適用されない。
しかし、デルタ株はこれまでの常識が通じない感染力があるので、サービスエリア内はちょっと危険を感じた。
パリを出る前に、トイレのサンダルなどを買う必要があり、ショッピングモールに立ち寄ったのだけど、非常に厳重な衛生パスポートのコントロールがあった。
ぼくはガラガラのモールの中心に立ち、周囲を見回しながら考えた。
つまり、ここで働いている人たちは全員衛生パスポートを持っている、ここにいるお客さんも全員持っている、ということだ。
逆を言うと、衛生パスを持ってない人はここで働けない世界、がやってきた。
フランスのこの衛生パスポート一部義務化に、イタリアやドイツも追随しはじめている。
今まで無料だったPCR検査が有料化されるかもしれない。
そうなると、ワクチン接種をしてない人は、働くために三日に一回は高額のPCR検査をしないとならなくなる。
それでは働けないので、みんなが生きるためにワクチンを接種しないとならない世界がやってきた。これはこれで驚くべき世界なのだ。
フランスでは毎週20万人規模の義務化反対デモが続いているけど、そういう抗議行動がある中でも、人々の接種は着実に拡大している。
しなければ失業するし、カフェでコーヒーも飲めないのだ。
ぼくらには選択肢があまりない。打たないなら、打っている人たちの社会には入れないですよ、という政府の作戦なのである。
コロナ(covid19)の出現が人類の勢力地図を変える明らかな一因になっている。
アメリカがコロナで振り回されてる間に、タリバンはカブールへと向かった。
こんなに呆気なく、カブールが陥落し、ガニ大統領が逃亡するとは思わなかった。
これまでの価値観が変わる、とぼくは最初からこの日記で言い続けてきたけれど、2020年の3月以降、実際、世界は大きく変化し、元の世界とはいいがたいところへ押しやられてしまっている。
これまでの世界の構造は今後も、じわじわと姿かたちを変えて、この世界を揺さぶっていくだろう。
そういえば、ファクターXという言葉が日本で持て囃された時、ぼくはこの日記で「安心だと思わせるのはまだ危険じゃないか」と書いたことがある。
昨日、日本で30代の若い人が二人亡くなった。これはちょっと衝撃的な出来事だと思う。
コロナはこういう恐ろしい、ウイルスなのである。
これからは自衛しか生き残る方法がないのだ。
ぼくは政府にも期待していない。
フランス政府のルールには従うけど、完璧だとは思っていない。
自分の身は自分で守るしか、生き残るすべはないのだ。