JINSEI STORIES

退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」 Posted on 2021/08/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、最近、編集の人とか撮影の人がうちに出入りすることが多くなり、家なのに、仕事が入り込んで、落ち着かなくなった。
ちゃんとしたオフィスを借りようと思って、物件を探していたら、手ごろな値段のオフィスがあり、夕方、下見に行った。
8階で、見晴らしがよく、なんとエレベーターが付いていて、笑、ペントハウスなのに、手ごろな家賃でよかったのだけど、たまたま、そこを出たところでライターさん(まだ、20代でものかきを目指している子)とばったり、
「辻さん、この辺、泥棒出ますよ」
と言われて、おじけづいた。中心地で、駅前だから、あそこも、あそこも、あそこも、泥棒入りました、と言われた。その物件も全部の窓が鉄格子だったのだ。だからか・・・。ということで、そこで、この事務所話は立ち消え。どっか、探さないとな・・・。

退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」

地球カレッジ

退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」



帰りに、そうだ、あれを作ろうと思って、有機野菜のお店でキムチと生食用のマッシュルームを買った。
あれ、というのは韓国の友人、シンホさんから教えてもらった一品。名前は知らない。
「キムチとバターとマッシュルームときゅうり」を混ぜたものだそうで、シンホ曰く、めっちゃ美味いのだそうだ。
シンホさんは、前にもご紹介したけど、映画「サヨナライツカ」の脚本家であり、大ヒット映画「チェイサー」の脚本とか、ハリウッド映画なども手掛けている・・・。気が合って長い付き合いが続いている。
「辻さん、とにかくおいしいから試してみて」
野菜のサイズはお好きに、だそうで、ぼくは細かい角切りにしてみた。
バターは溶かさないと混ざらなかったので、ちょっと火を入れて柔らかくし、少し醤油を垂らしてみた。
とにかく、美味しいと言われるものはだいたい試す。
試食してみたが、個人的には、キムチはキムチのまま食べる方が好きかな、と思ったけど、息子は美味しいと言って、ご飯を、おかわりしていた。
納豆マヨネーズのような独創的な域かもしれない。

退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」



退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」

※真ん中に鎮座する小鉢に入っているのが、その、あれ、である。笑。

「サヨナライツカ」はまた一万部増刷され、59刷くらいまで来てしまった。
どなたが読んでくださっているのか、不思議だけど、個人的には、作品は手を離れるとそれは読者のものになるので、もう、ぼくの中にはいない・・・笑。
シンホとはそういう話しをした。作品と作者の関係、みたいな・・・。
彼はニューヨーク州立大学の先生なのだけど、8月はフランス、9月はポルトガルで過ごして、ニューヨークに戻って、10月から大学でまた教えるのだとか。
羨ましい生活をしている。
旅先でも、中国のドラマの脚本を書いているのだそうで、いつもニコニコしていて、不思議な人だ。
ぼくらは英語と仏語で会話をしているけど、その話しの中に、キムチバターが登場し、盛り上がった。
もう、信じられないくらいに美味しいですよー、とシンホ。
この写真はその時の二人。いい笑顔だね。ぼくらは損得なしで付き合っているから、近い世界で生きているけど、仕事の話しはほとんどしない。
会うのは5年に一度くらいだけど、いつも笑顔で、会うのが楽しみな友人の一人である。

退屈日記「友だちにならった不思議な一品をめぐるお話し」



今日はちょっとやきもちの話し。
ぼくは時々、嫉妬をする。
たとえば、自分が映画やライブが出来ない時に人の成功を訊くと、嫌な気分になる、タイプ、笑。
そして、そういう自分が情けなくて、思わずがっかりする偽善者・・・。えへへ。
人間の感情の中で、一番、面倒くさくて嫌なのがこの嫉妬心とかやきもちだと思う。ひがみとか、ねたみとか。ぼくは結構あるので、そういう自分が見えた時は、
「あーいやだいやだ。そういう自分、本当に嫌いだ。出ていけ」
と思う。
嫉妬している暇があったら、もっとすごいの作ってみろよ、と最近は自分、けしかけています。笑。
しかし、シンホに対しては、そういう感じがおきない。
なんでなのか、わからないけど、嫉妬させない何か不思議なオーラがあるのだ。
ぼくは結構、俺が俺がタイプだけど、そういう自分を改めたくさせてくれる控え目なオーラを発している。
ちいせぇな自分、と思ったら、シンホさんの笑顔が目の前にあって、そういうことか、と気づかされた。
で、そこから、キムチバターの話しになったのだけど、つまり、言いたいことは何かというと、そういう友だちがそばにいるなら、まだ自分は大丈夫ってことかな。
優しい友だちのそばにいると、自分も少しは優しくなれるような気がします・・・。

つづく。



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