JINSEI STORIES
退屈日記「ついに幽霊が出て、二コラが真夜中に大騒ぎ」 Posted on 2021/07/31 辻 仁成 作家 パリ
某日某日、二日間だけ面倒を見てほしい、と頼まれ預かった近所の少年、二コラ君と息子のために昨夜は「即席洋風チラシ」を作って楽しいひと時を過ごした辻家であった。
写真の一番小さいのが、ぼく、のである。
一番大きいのが息子、次が二コラ、そして、ちょこっと盛りが父ちゃん、えへへ。最近、食べられなくなった、・・・。
ということで、寝る準備をしていたら、パジャマを忘れた、と言い出した二コラ・・・。
昔の息子のパジャマがあったはずだと探す父ちゃん、懐かしいのをクローゼットの奥から見つけ引っ張り出した。やれやれ。
歯を磨かせ、彼が寝たのは23時くらい。ぼくは2時くらいまで仕事をし、歯を磨いてからベッドにもぐりこんだ。その時、まだ息子の部屋は灯りが煌々とともっており、いつものように恋人君の甘い声がこぼれている。いいなぁ、・・・。
で、ぼくはいつしか寝ていたのだけど、深夜、息子が寝室のドアをたたいた。
「パパ、幽霊が出たってよ!!!」
※手前のが息子、右上が二コラ、左の小ぶりのが父ちゃんの、・・・
慌てて、飛び起きると、ドアの前に息子がいて、その後ろにぴたりと張り付く、泣き顔の二コラ君が立っていた。
「どうした?」
「ファントム(幽霊)が部屋にいる」
息子が、二コラから聞いた話しを要約し説明した。二コラは寝ていたが、不意に金縛りになったのだという。
金縛りは足からはじまり、上に上がってきて、目をあけると、紫色のお化けが上に載っかっていて、うごけなかったのだという。
後ろにもう一人いたようだが、その人はまもなくいなくなった、とのこと。
「紫?」
「うん、顔はあるんだけど、人間じゃなく、目のところだけ穴が開いてるかんじで、身体は紫色だった」
「で、どうしたの? 夢じゃないの?」
「違うよ。ちゃんといたんだ。でも、声が出ないし、身体が動かない。そしたら、その幽霊がぼくの携帯をとろうとした」
「携帯?」と息子。
「携帯が浮かび上がったので、それをとられたら、もう友だちと遊べないから、怖かったけど、必死で手を動かして、ファントムを殴ったんだよ」
「殴った?」とぼく。
「殴ったのか? どんな感触?」と息子。
ぼくはちょっと笑っていたかもしれない。夢というか、うちの子もそうだったけど、よく金縛りにあっていた。だいたい足から幽霊が上がってくる、と言う。疑うわけじゃないけど、育ち盛りの子供におこる身体と心の現象とぼくは思っている。
「よく覚えてないけど、お布団みたいなぶよぶよだった」
「寝ぼけて、お布団殴ってたんじゃないの?」とぼく。
「違うよ!!!」
あはは、あまりからかっちゃいけない。
「で、ぼくは携帯だけは奪い返したんだ」
「すごいね」と息子。
「そしたらぼくの身体が浮き上がって、でも、それだけは現実というよりなんか夢と現実の間みたいな感覚だった。で、その時、この部屋の隅とかに昔の人たちがぽつんぽつんと立っているのが見えた」
ぼくと息子は目を合わせた。
なんとなく、思い当たることがある・・・。この家の暖炉の上に大きな鏡があるのだけど、そこに消しても、ある日、手形がつく・・・それも、かなり大きな手なのである。
「その、お爺ちゃんやお婆ちゃんは、きっと、この建物でかつて生きていた人たち、でも今は、ファントムなんだ。みんな俯いていた。青い顔の人もいた。ドロールおじさんに助けを求めたいけど、声が出ない。そしたら、次の瞬間、ぼくはもの凄い速度で落下して、身体が引きはがされそうになって、目が覚めたら、ベッドの上だった」
「やっぱり、夢だったんじゃないの?」
「奪い返した、携帯抱えていたんだよ」
二コラに、朝まで横にいてほしい、と頼まれた。
マジか・・・ここで? 二コラはサロンのソファをベッドに改造し寝ている。ぼくは長椅子に座り、二コラが寝付くまで様子を見ることになった。やれやれ。
「ここだったら、いいかい?」
「うん。ムッシュ・ドロール(変なおじさんとうのがぼくのあだ名)、ありがとう」
「おじさんはね、幽霊と話しもできるし、幽霊たち、みんなおじさんのことを怖がってるし、おまじないを言うと消えるから、教えてあげる。なむあみだぶつ」
「なむ・む・だだぶーつ・・・」
「違う。なむあみだぶつ。これはインドではじまったおまじないで、幽霊の皆さん、天国に行きましょう、というメッセージ」
「覚えられないよ」
「じゃあ、金縛りにあったら、すぐにおじさんを呼んで、おじさんが追い返してあげるから」
ぼくは自分のベッド以外では寝れないので、椅子でずっと小説を書いて起きてることにした。
朝が来た。朝の光りが幽霊を駆逐した。
二コラは安心をしたのか、ぐっすりと寝ていた。いい寝顔だった。うちの息子にもこんな日があったなぁ、と思った。
二コラのお母さんとお父さんに、写真を転送しておいた。笑。
息子も幽霊をよく見る子だったけど、大人になると見えなくなるものなのである。
そのうち、ぼくは疲れて、眠ってしまったようだ。目が覚めたら、世界は眩しいくらいの光りに包み込まれていた。
振り返ると、二コラはソファに座ってすでにゲームをやっていた。
「おはよう。どうだった?」
「うん、出なかった」
「よかった。クロワッサンでも食べるかい?」
「うん」
その時、テーブルの上に目が留まった。二コラが描いたファントムの絵があった。
「これ?君、描いたの? 昨日の奴?」
「うん、なむーだいぶつって書いて、玄関の外に貼っとけば、入ってこないんじゃないかな、と思って」
「ぁ…、それはいいアイデアだ!」
ぼくは思わず、笑った。賢い子である。
しかし、もしかしたら、この建物にいる幽霊はこの人かもしれないな、と思った。
鏡に大きな人の手形を残す、紫おじさん・・・もしかしたら、おばさん?
さて、どっちだと思いますか?
つづく。