PANORAMA STORIES
フランスの造園に魅せられて Posted on 2021/07/30 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
私は、フランスのパリで生活しています。
今年で13年目になります。
当初は1年間だけという約束で留学しましたが、気づけば人生の1/4の時間をフランスで過ごすことになっております。計画性のなさに我ながら呆れますが、両親の寛大な理解には深謝の念に絶えません。
フランスに在住する日本人の数は、3万人以上と言われています。
渡仏の目的や住む理由は、みなさん十人十色です。
勉学のため。仕事のため。家族のため。・・・・・・などなど。
私の場合はというと、「庭づくりを学ぶため」にフランスにきました。
一言でいうと「フランス造園留学」です。
みなさまの中には、この発想に疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。
「日本にもいい庭はたくさんあるのに、なんで留学?」や「ガーデニングといったらイギリスでしょ? なんでフランス?」といった質問をよくいただきます。
フランスにも、素敵な庭はたくさんあります。
特にヴェルサイユ庭園やチュイルリー公園など、17―18世紀の庭園が有名です。
ただ少し白状すると、私はもともとフランスの庭が好きでフランスを選んだ訳ではありません・・・(汗)
不思議なご縁がたくさん重なって、気づいたらフランスに導かれ、フランスの庭と造園の魅力にどっぷりハマり、結局長居することになった、という感じです(笑)。
その始まりを辿ると、20年前の西アフリカでの生活に遡ります。
今回は、自己紹介を兼ねてフランスの造園に至った経緯について少しお話させていただきます。
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「本当の豊かさって何だろう? 本当の幸せってなんだろう?」
幼少の頃から、私はこんな問いを抱いていました。
自然や動物が好きで、虫や植物と話せる『風の谷のナウシカ』に憧れ、よく石とか樹、動物などに話しかけたりしていました。
1980年代当時は、環境問題が注目されはじめていた頃で、世界中で起こる大規模な森林伐採や砂漠化、海洋汚染などの環境破壊がメディアで大きく取り上げられていました。
テレビでこれらの情報に触れながら、「いつか大人になったら、動植物と人間がみんな《豊か》で《幸せ》に生きられる世界を造れるようになりたいなぁ。」とぼんやり考えていました。
その後、地元の中学・高校へと進学した私は、部活に明け暮れる毎日を過ごしつつ、「将来は獣医になって世界中の野生動物を救いたい」という夢を持っていました。
ところが高校2年生の時、担任の先生から「水真さんの学力やったら、3浪くらいせんと獣医の学校には入れへんよ」と言われ、あっさり挫折。まさか自分の学力不足が壁になるとは思っていなかっただけに、焦燥感は大きなものでした。
この頃から「何をどう学んだら、現代版ナウシカになれるのか」ということを、本気で考えるようになりました。
「獣医がダメでも、野生動物が幸せに暮らせる環境を保全する仕事がしたい。特に発展途上国では貧困問題が原因で環境破壊が起こっているから、それをなんとかしたい」云々カンヌン・・・・・・。
いろいろ迷った挙句、一つの結論に至ります。
「よし。木の専門家になろう!」
この結論に至ったのは、樹木を利用した生産活動を行うことで経済的な豊かさが生まれ、かつ緑を増やして環境を改善することで、幸せな人が増えるだろうと考えたからです。
こうして、私は日本で唯一亜熱帯地域にある琉球大学で林学を学び、卒業後ブルキナ・ファソという西アフリカの半乾燥地帯の国に渡って、3年間半ほど植林活動に従事しました。
ブルキナ・ファソは、世界で最も貧しい国の一つです。またサハラ砂漠に隣接し慢性的な砂漠化の問題を抱えています。
このような厳しい環境下でもブルキナの人たちは、とてもおおらかで、明るく、笑うことが大好きで、非常に勤勉です。仕事ではいい仲間に恵まれ、共に苗木を育て植林する活動を行い、充実した日々を送りました。
現地の日常生活の中では、いろんな新しい気づきがありました。
まず「物質的な貧しさ=精神的な不幸・貧困」では必ずしもないということ。
そして、「物質的な豊かさ=精神的な幸せ・豊さ」でも、必ずしもないということ。
このような気づきを通して、「真の豊さ」や「真の幸せ」について、改めて自問自答する機会が多くなりました。
ちょうどその頃、一人のフランス人庭師と出会う機会がありました。
彼は、赤土の乾いた 敷地に木を植えて緑を増やし 、 色とりどりの花で溢れる庭を創っていました。彼の庭は住人の暮らしを一変させていました。庭に家族みんなが集まって食事したり、灼熱の日中でも木陰でお昼寝したりと、住人の心に安らぎを与えていました。
彼の庭を見て、私は「木を植えるだけじゃダメだ!」ということを痛感しました。
そして「日常生活の中に良質の景観を創ることが、人々に豊かな幸福感を与える」ということに気づき、「庭」という空間が持つ無限の可能性をはじめて知りました。
同時に、彼の庭の最大の欠点にも気づくことができました。
それは、彼の「庭」に対する考え方です。
彼が手がける庭はどれも植物が青々としげりしっかりと手入れがされ素晴らしかったのですが、芝を大量に張り水をふんだんに使うタイプの庭でした。
慢性的な水不足に悩むブルキナ・ファソの国民にとって水は命。しかし彼は「金持ちは水道代をいくらでも払えるから大丈夫」という理由で水を浪費しまくっていました。
私はこれにはどうしても賛成できませんでした。
「庭=裕福層の娯楽」という構図が、ちょっと薄っぺらだと感じたからです。
この時を境に、1つの野望が芽吹き始めました。
「みんなが利用できる庭、『公園』を作ろう!」
こうして、私は造園を学ぶためにフランスに渡ることを決心しました。
フランスを選んだのは、フランス語圏アフリカで働き続けたいという思いと、私が敬愛していた女性が当時パリ在住だったことが大きな決め手となりました。また、この仏人庭師と同じ土俵で挑戦したいという変なライバル心もちょっとあったことは否めません。フランスの造園がどういうものかということも全く知らずに、です(苦笑)。
今から思うとあまりにも無謀な決断でしたが、幸いフランスで得た数々の良縁に支えられ、ヴェルサイユにある学校で造園を学ぶ機会をいただき、今に至ります。
フランスの造園は、知れば知るほどとてもおもしろく奥深い世界です。
不思議なことに、日本との接点がたくさんあります。
ただ残念なことに、日本ではフランスの造園事情はあまり知られておらず、イギリスやアメリカなどの英語圏の事例が主流となっています。
デザインストーリーズを通して、皆様に少しでもフランスの造園と庭のおもしろさを知っていただけると、これほど嬉しいことはありません。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
▷記事一覧水眞 洋子(みずま ようこ)
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。