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滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」 Posted on 2021/07/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝、息子を起こし、ぼくらは準備をした。
まず、ワクチン接種会場に赴き、息子の一回目の接種を。
マクロン大統領が出した新たな法令により、8月から衛生パスポートを持たないかぎり、カフェ、レストラン、大きなショッピングセンターなどに入ることが出来なくなる。
電車や飛行機にも乗れない。
市民生活が出来なくなるので慌ててみんながワクチンの予約に殺到し、一瞬で300万人の接種予約となった。息子もその一人である。
明日、つまり日本時間の本日(17日)、パリで大規模なジレジョーヌ(黄色いベスト運動)によるこの法令に対する反対デモが行われるというのだけど、さて、今後、どうなることやら、展開が気になる。

滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」



とりあえず、息子の意思を確認し、接種を決めた。
ワクチン接種会場の入り口で、未成年ですか、と質問を受けた息子・・・。
親であるぼくもサインをしないとならない。(健康保険証は双方が必要になります)
2人で問診票に記入、その後、医師に呼ばれて個室へと向かった。
「あ、お父さん? お父さんも一緒にどうぞ」
と言われて、のこのこついて行った父ちゃん。先生の丁寧な説明を聞く。
未成年者接種に不安がないか、ぼくに訊いてきたので、多少はあります、と伝えると、細かく、丁寧な説明をしてくれたのだ。
ファイザーワクチンのRNAメッセンジャーについてまで教えてくれて、まるで学校の先生みたいだった。
息子が接種している間、ぼくは外で待つことになる。

滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」

※ イメージ図。たまたま、接種している恋人かだれかを待っているムッシュがいた。僕も、この後、ムッシュの隣で、同じポーズで待ったのでした。えへへ。



ぼくらは、ワクチン会場から、そのまま車で田舎の家へと向かった。
息子と田舎の家に行くのは二回目だが、完成した、家具の入った家に行くのは息子にとってははじめてとなる。
3時間半も思春期の17才とこうやって一緒にいることはなかなか出来るものじゃない。普段、SMSとかワッツアップだけで繋がっていた父子にとって、久しぶりの会話のチャンス到来・・・。
それだけでも、価値があった。
進学のことなどで、ギクシャクしていた父子の関係改善には、いい密室となった。
彼の恋人のルーシーのことや、その家族のこととかも、失礼のない範囲で、根掘り葉掘り聞くことができた。笑。
へー、そりゃあ、大変だね、とぼくは言った。ま、どこも一緒だよ、と息子が言った。

滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」



ぼくらは高速のサービスエリアで食事をした。
息子はホットドッグを注文、ホットドッグと言っても日本のとは違う。バゲットサンドにソーセージを入れ、チーズを載せ、オーブンでとろけさせたもの・・・。
しかも中にベシャメルソース(ホワイトクリーム)がたっぷり入っている。
めっちゃ、濃厚で香ばしく、うまいのだ。
ぼくらはずっと語り合っていた。大学のことはいきなり訊くと嫌がるだろうから、明日にでも訊こうかな、・・・。
「早く運転できるようになるといいね。大学生になったら、免許とればいいよ。君が田舎まで運転をして、パパが助手席に座るのが楽しみだ」

※ホットドッグの写真、撮り忘れた、、、



海へと下る山の中腹にある田舎の家の裏手に車をとめて、荷物を2人で運び込んだ。
「思っていたよりも狭いね」
息子が部屋に入るなり、言った。かっちーーん。
「ま、2人でなら十分でしょ? 普段、パパ一人でなら、広すぎる」
「でも、ぼくに家族が出来たら、子供が二人とか、そうなったら、ギリギリだね」
「いや、お前は自分で買えよ。ここはパパの老後の住処なんだから」
「たしかに、じゃあ、ここは実家だね。パリの家は借家だし」
「そうだよ。ここに住民票を移すよ、そのうち」
「実家か、憧れてた。ルーシーを連れてきてもいい?」
「大学に入ったらな」
ぼくらは笑いあった。

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滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」

まず、息子の寝床を2人で作ることから、はじめた。
倉庫からテンピュールのマットを持ってきて、それをケースから引っ張り出し、床に敷いて、日本の布団のような、寝床を作ってやった。
「君は、ここで寝る。いいね?」
「日本みたいだね。ババのうちの畳み間で寝る感じだね」
「気に入ったかい?」
「うん、キャンプみたいで面白い」

夕方、隣町のふ頭に魚屋の船が着く。
新鮮な魚が売っているので、それを買いに出かけることにした。
とりあえず、食料とか水も必要なので、まずは、買い出しである。
息子に鞄を持たせ、ぼくらは出発をした。建物を出ようとしていると、一階に済むフランケンさんと奥さんのベルナデッドさんに呼び止められた。
「ありゃ、そんな大きな息子さんがいたんだね。ぼんじゅーる」
とベルナデッドが言った。息子がちゃんと挨拶をしている。へー、挨拶出来るんだ!
「ちょっと上がって、お茶でも飲んでいく? コーラとかあるよ?」
「いや、あの、魚屋に行かないとならないので」
「そうか、じゃあ、明日にでもよければ、おいで、クッキーを焼いておくからね」
優しい。息子が分かれたあと、
「日本のババのこと思い出した。似てるね」
と言った。
「あ、確かに」
ベルナデッドはぼくの母親にも似ていた。さすがに、コロナだし、母さんをここには招けない。残念だけど、それは諦めよう。



滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」

ぼくらは魚屋に行き、サバとビュロ貝と生エビを買った。それから、ふ頭の突端まで行き、ベンチに座って、海を見つめた。
「お前さ、パパがおじいちゃんになったら、どうする?」
「どうするって、わかんない。普通だよ」
「たとえば、ルーシーと結婚して、家族が出来たら、どうする? この家に家族で遊びに来てくれるか?」
「うん、来るよ。狭いから、近くに宿をとって・・・」
かちーーん。
「あのね、パパの願いは、君が家族と生きられるようにしっかりと自立してもらいたいんだ。わかる?」
「・・・」
「だから、真剣に将来を考えろよな?」
「オッケー」
「ここを家族で使っていいからな。鍵はいつでも貸すから、幸せになれ。そして、たまに、パパにもその幸せ分けてくれよ」
「オッケー・・・」



滞仏日記「久しぶりの父子旅。腹を割って語り合う、夕陽を眺めながら」

太陽が傾き出していた。
「いつまでここにいられるの?」
沈む夕陽に手を振りながら、息子が言った。
「明日までだよ」
「明日? え? 今日、来て、海を見ただけなのに? 明日、もう帰るの?」
「日曜日にオンラインサロンがある。文章教室やるんだ」
「ここでやればいいじゃん」
「ここ、めっちゃ電波が悪いんだよ。前回、さんざんだった」
「明日帰るなら来なかったよ。それ、マジか、早く言ってよ」
「また、月曜日に来ればいいじゃん」
「月曜? 何言ってるの? 3時間半も車に乗れないでしょ」
ということで、夕陽の中で揉めたぼくと息子であった。
ぼくらは太陽が沈むまで語りあった。いいんじゃないの、こんな一日があっても。
ちなみに、夕飯はサバの塩焼きにした。

つづく。

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