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パリ最新情報「クリーンな街を目指すパリ、時速30キロの速度制限が始まる」 Posted on 2021/07/14 Design Stories
南京錠のかかるポンデザール、車であふれ返るコンコルド広場。これらパリの光景はすっかり過去のものとなった。今、パリ市はドライバーの不満の声に屈することなく自転車専用道を拡張し続けている。
「パリ・レスピール」ー呼吸するパリ。これは、パリの女性市長アンヌ・イダルゴ市長が就任当初からかかげてきたスローガンで、クリーンな街を実現することを目標としている。2022年のフランス大統領選への出馬がささやかれるイダルゴ市長の本気の取り組みは、パリの「交通網」を確実に変えつつあるのだ。
パリはヨーロッパでも有数の人口密集都市だが、渋滞問題にはずっと悩まされてきた。というのも、パリ全体が中世の作りを受け継いでいて車の走行が想定されていなかった、そもそもの問題がある。車でパリの右岸から左岸に渡るだけでも一苦労ということも少なくなかった。
去る7月8日、パリ市は市内の道路の制限速度を8月30日から原則として時速30キロにすることを明らかにした。一部の市民がまだ夏季休暇中で、交通量が少ないと予測されることからこの日の発令となったという。理由は大きく分けて3つあり、交通安全、騒音の削減、温暖化対策を目的としている。例外としてパリ市を囲む環状道路は時速70キロ、シャンゼリゼ大通りを含む一部の主要道路は時速50キロの走行を可能とした。
一見、大胆な改革にも見て取れるが、すでに市内では道路の約60%に時速30キロの速度制限が導入されており、市内の一部は日曜祝日の歩行者天国を実施している。
この発表に賛成と答えたパリ市民は59%と、意外にも多かった。大多数の市民が車のクラクションなどの騒音の削減を希望しているとのことだが、パリ市はそれに加え「死のリスクは時速50キロより時速30キロで9分の1であり、負傷ははるかに軽い」と、安全性の側面も強調した。
イダルゴ市長は、現在約14万台分ある路上駐車スペースのうち6万台分を撤去する計画も進めており、市民には公共交通機関、自転車の利用を促している。車の数を少なくすることで渋滞を始めとするさまざまな交通問題を和らげるのが狙いだ。さらにパリオリンピックが開催される2024年にはディーゼル車を、そして2030年までにガソリン車の乗り入れ禁止を発表している。これはフランス国内でパリ市がどこよりも早い。
ロックダウンが最初に敢行された2020年の3月、まるで映画のようにパリの街から人が消えた。いささか不気味ではあったが、空気は甘く、柔らかかった。車のない世界の新鮮な息吹を多くの人が感じたのではないだろうか。
ロックダウンが解除された後、世界では自転車利用者が急激に増えた。もちろん充実した交通機関をもつ首都圏に限って言えることではあるが、いつストップするか分からない地下鉄やバスを利用するよりも、自転車を利用した方がストレスが少ない。
パリ市内の道路には自転車レーンが着実に増えており、政府からの補助金を受けて自転車の修理や購入ができることから、移動手段に自転車を選ぶ市民は右肩辺りに増えている。これはコロナウィルスの感染予防としても良策であることがうかがえる。さらに温暖化防止の観点からも理想的な取り組みというのは言うまでもない。
パリ・イダルゴ市長は、将来的に車の通行量を大幅に減らし、自転車を交通手段の中心に据えた街作りを進めている。2020年のロックダウン解除後、彼女は手始めにパリ中心を走るリヴォリ通りの一部で一般車の通行を原則禁止とした。4キロ足らずの沿道にルーブル美術館やパリ市庁舎などが立ち並ぶ一本道なのだが、一般車両の代わりに現れたのは颯爽と走る自転車やキックボードの姿である。21世紀に入り20年も過ぎた今、これが新しいパリの姿だということを実感させられた。
パリ市とパリ近郊のイルドフランスではさらに、電動自転車の新規購入に補助金制度を設けいている。新規で電動自転車、折りたたみ自転車、車椅子のいずれかを購入すると自治体から購入額の50%、最高500ユーロまで受けられるというものだが、2019年から始まったこの制度がここにきて大きく注目されている。コロナ禍という災いがはからずも「呼吸するパリ」の実現を加速させているのだ。
車利用者にとってはとことん不愉快な今回の政策ではあるが、パリ市民が一度に車で移動する距離を調べた調査によると、「5キロ以下」が4分の3を占めているという。信号待ちなどを考慮すると、車の平均速度は時速15キロ程度とされる。5キロの距離なら20分で到着ということになる。自転車への転換は十分に実現できると言えそうだ。
「高速」から「低速」へと向かう世界。私たちは行き過ぎた便利さを手放す準備を始めなくてはならない。(大)