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滞仏日記「バカロレアの息子の結果が出た。息子からぼくへの批判が届いた」 Posted on 2021/07/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、相変わらず、やることがなく、仕事をしたり、本を読んだり、これからのことを考えたりしていたら、不意に携帯に仏語のメールが舞い込んだ。ナニナニ・・・。
それはフランスの国民教育省からのメールで、本日、17時に高校二年生の最終成績がネットで発表になります、というものだった。

普段の成績は学校から来るのだが、今回は、バカロレアの全国試験の結果も含まれているので、国民教育省から直接入ってきた。
先の日記でも書いたが、あの日、試験から帰ってきた息子に、どうだった、と訊いた父ちゃん。「うん、狙っていたところが見事に当たって、すごくよかった、最高だった」とあいつは言った。
やったな、と大喜びした父ちゃん。
でも、いやーな予感もあった。
というのは、去年とか、一昨年も、良かった、と言ったくせに蓋を開けると、よくなかった、という悪い過去があったからだ・・・。
17時になった。

滞仏日記「バカロレアの息子の結果が出た。息子からぼくへの批判が届いた」



「がっかりした」
と息子からSMSが届いた。
ぼくは、むむむ、と思った。
「なんで、ダメだったの? 」
成績が添付されて送られてきた。ううう、全然、良くない。
「あんなに、あの日、狙ったところが出たと言ってたじゃないか・・・。でも、これが現実だ。ま、来年、がんばれ」
フランス中の17才全員が受けた試験なので、平均点が何点かわからない。
彼がどのくらいの位置にいるのかはこの点数だけでは分からないが、普段の学校の成績よりも悪いのは確か・・・。
もう少し、がんばれよ、と励ますつもりで言ったのだけど、まもなく、長い日本語の反論? 批判? が送られてきた。
それはさすがにちょっとここには載せられない。
ぼくをかなりがっかりさせるものだった。
簡単に言うと、期待されたくない、辻家の恥でも構わない、というようなメッセージ。
励ましたのに、こういう言い方しかできないのである。
ぼくは携帯を放り投げた。

もの凄く頑固な子なので、ぼくがどう言ってもきかない。
やる意味を見つければ頑張れる子だけど、捻ねくれたらとことん捻くれるタイプなので、ぼくに出来るアドバイスには限界がある。
残念だけど、自分で気が付くしかないのだ。



いつも無口な子が、しかも、日本語で200字くらいの反論というか、まぁ、落ち込んでいるのだろう、ぼくにぶつける感じの強い口調での反抗の文章を送り付けてきた。
お手上げだった。
ぼくは、息子に過大な期待はもう持ってない。
彼が口にする大学には、逆立ちしても今の彼のレベルでは無理だろうと思っている。
無理して、レベルの高い大学に入らないとならないとストレスを感じるより、楽しく生きていける人生を見つけてくれたら、それでいいのに、と思っている。
だけど、彼はきっと、もしかすると、ぼくに「頑張ったな」と言われたいのかもしれない。複雑だ。
「期待していない」と言われるのも嫌なのだ。でも、「期待している」と言われると、もっと嫌なのである。
どっちに転んでも、嫌なのだ。
だから、ストレスを感じ、その反発が出ている。これはもう、ほっとくしかない。

滞仏日記「バカロレアの息子の結果が出た。息子からぼくへの批判が届いた」



忘れられない日の記憶がある。
離婚のあと、2人きりで生活が始まり、ぼくが結構、塞ぎこんでいた時、この子はぼくを励ました。
2人で、当時の行きつけ、ジェレミー(息子の小学校の大先輩でもある)のカフェに行き、食事をした時のことだ。
彼は雄弁だった。
今は、おはよう、さえも言わない青年なのだけど、10才の時のあの子は、明るく、正義感も強く、溌剌で、前向きだった。
「パパ、ぼくはいくつか夢があるんだ。たくさん勉強をして、人を助ける仕事をしたい。困っている人がいたら、その人たちの相談にのったり、その人たちを助ける仕事がしたい。この世界が悪い方へ向かわないように、この世界のために必要な仕事をしたいんだ」
「じゃあ、大学で、法律とか歴史とか政治とか勉強しなきゃね」
「うん。人間同士が殺しあって、いがみ合って、なんになるの。この世界が憎しみあうのをやめさせる仕事につきたい。大学にいって、困っている人のために働きたい」
その時のことが忘れられない。



人のために働きたい、平和のために働きたい、と言い出したのだ。
ぼくは素直にうれしかった。
17才の今の彼が法律や政治の大学を目指そうとしているのは、その時の気持ちがまだあるからだ、と思った。
この子にはそれが向いている、と変な理想をいつしかぼくは持つようになっていたのかもしれない。
親の期待が、ちょっと重たいのだろうな、と最近、なんとなく、気づいていたので、・・・今日の長い、ぼくへの批判ともとれるメッセージは、ちょっとこたえた。
なんども、携帯にメッセージを打とうとしたけど、書いては消し、消しては書いた。しかし、結局、何も送れなかった。
期待しているとも、期待していない、とも書けなかった。
自分の思う通りに生きなさい、とも書けなかった。何も・・・。
誰もが自分で乗り越えていく道だから、ここからは、あまりぼくの意見を挟みこむのはよくない、とも思った。
でも、この子なりの幸せを見つけてほしい。
どんな形でもいいので、幸せだ、と思える人生を生きてほしい、
それだけ、・・・
ぼくが元気なうちは、遠くから、子供が道を踏み外さないように見守る、一人の父親でいられたら、と思うのだった。

つづく。

滞仏日記「バカロレアの息子の結果が出た。息子からぼくへの批判が届いた」



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