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リサイクル日記「目の前で子供たちが大泣きをして、ぼくは半世紀前の自分を思い出す」 Posted on 2022/10/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昼ごはんを食べに出た。小さなカフェのテラス席でパスタを食べていると、どこからかお子さん連れの家族がやってきた。
トランクを持っているので旅行者のようだ。
この辺の民宿かホテルへ向かっていると思われる。
お兄ちゃんが6歳くらい、弟が4歳くらないなので、ぼくと弟の恒ちゃんの小さい頃を思い出した。
お父さんとお母さんは若かりし日のうちの両親に、どこか、似ている。
へー、こんな時期もあったなぁ、と思っていると、お兄ちゃんの方が「つかれたよー」と泣きだした。
でも、お父さんもお母さんも荷物を持っているので抱いてあげられない、お兄ちゃん、号泣状態、周囲の視線を浴びた。
手に負えない感じになったけど、荷物は当然、トランクだけじゃないので、抱えてあげられない。
座り込んでしまったので、お母さんが仕方なく抱きかかえようとしたら、今度は、当然なのだけど、下の子までが泣きだした。
お母さんとお父さんは2人に泣き止むよう、少し強めの口調で言った。
最初は周囲を気にして低い声だったけど、だんだん大きくなっていった。
みんな、周辺の人たちは、なんとかしてあげたいけど、手を貸すこともできない。



ぼくが6歳の時、家族で母さんの田舎の大川の実家に遊びに行ったことがあった。
この日の朝、ぼくの両親に何があったのか、分からない・・・。
「ひとなり、なに、ぐずぐずしているのか、母さんに聞いてきなさい」
と父さんが言った。
ぼくが母さんに聞きに行くと、おばさんと話し込んでいて、まだ荷物さえ、まとまっていなかった。
早くしないと、パパ、怒ってるよ、と言ったのだけど、母さんには母さんの人間関係があるので、切り上げられない。おばさんはおしゃべりだった。
なので、数分待ったけど、おしゃべりが終わりそうにないので、父さんにそのことを伝えに行こうと玄関を出た、ちょうどその時、父さんが運転する車が、ぼくの目の前を走り去っていったのである。びゅーん・・・。
「え? どこ行くと?」
父さん、短気だった。
母さんのところに戻り、
「パパ、帰っちゃったよ」
と言ったら、井戸端会議をしていたおばさんと母さんが、ええええ、と驚いた顔をした。あの顔、忘れられない・・・。
「1人でね?」
「うん。車が遠くへ消えていった」
「ありゃああああ」
おばさんと母さんが信じられないという顔で驚くのがぼくには面白かった。大人って意外と子供なのだ、とその時に思った。



電車で福岡まで3時間くらいだったかな。父さんは荷物も積まずに帰ったので、けっこう、大きなカバンを母さんは持たなければならなかった。
満席で椅子があいてなかった。
ぼくらは入口の近くに立っていた。
荷物があったので、抱っこはできない。弟が「つかれたよー」と言い出した。
ぼくも「座りたいよー」と言った。でも、誰も席を譲ってはくれない。
すると、母さんは、自分の足を指さした。
「ここにお前たちにちょうどいい特別の席があるったい」
「どこに?」とぼくが訊き返した。
もちろん、椅子なんか、足元にあるわけがない。
すると、母さんは自分の靴の先を、ぴょこぴょこ、と動かしてみせた。
「ここに、座ればよか」
「ここにね?」と弟。
でも、面白がって、弟が母さんの左足のつま先におしりを乗せた。
ぼくも面白くなって母さんの右足の先端に腰を落ち着けた。
今まで、見たこともない世界であった。
想像してもらいたい、荷物を抱えた母さんの、足に座るキッズたち・・・。凄い光景である。
ぼくの目の前に、大人の人たちの靴がいくつも見えた。忘れられないのだ。



で、今、ぼくの目の前にいる四人家族だけど、あまりに大声でちっちゃい二人が泣くので、人だかりまで出来てしまい、結局、荷物を一度道端において、お父さんとお母さんが子供を抱き抱えなければならなくなった。
お兄ちゃんの方と目が合った。ぼくは微笑んだけど、ぷい、と無視されてしまった。
まあ、いい。笑。
いつか、半世紀後とかに、この子が自分の子供を育て切る頃、この土地を訪ねた君は、もしかしたら、ここで大泣きしたことを思い出すかもしれないね・・・。

リサイクル日記「目の前で子供たちが大泣きをして、ぼくは半世紀前の自分を思い出す」



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