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パリ最新情報「ツールドフランス、史上最悪の事故から学ぶ「今こそリスペクトを」の精神」 Posted on 2021/07/02 Design Stories  

1903年から続くツールドフランス。108回目となった2021年の大会は、実に波乱に満ちている。
ツールドフランスといえば世界最大にして最高峰の自転車ロードレースで、その人気はサッカーW杯や五輪に匹敵すると言われている。他のスポーツ祭典と決定的に違うのは、映像を通して選手とともにフランスを一周することができ、その沿線風景を楽しめるところではないだろうか。

今年は6月26日にその幕が切って落とされた。ところが、開催初日に史上最悪の玉突き事故が発生してしまったのである。
事の発端は、ブルターニュ半島のフィニステール県のコースで一人の女性観客が進路に入り込み、段ボール製のプラカードを掲げたことから始まった。あまりに咄嗟の出来事だったため、プラカードにトニー・マルティン選手(ドイツ)が接触して転倒。彼に巻き込まれる形で後ろを走行していた選手らも次々に転んだ。

パリ最新情報「ツールドフランス、史上最悪の事故から学ぶ「今こそリスペクトを」の精神」



数分間にわたってレースが中断されてしまったうえに、ヤシャ・ズッタリン選手(ドイツ)がレース脱落を余儀なくされ、他にもギャラリーを含めた数十人が負傷するという、大会史上類を見ない最悪の事故となってしまったのだ。
ツールドフランスの医療スタッフで外科医のギルバート・ヴェルシエは、「現場は混沌としていて、多くの人が倒れ、まるで戦場のようだった」とインタビューで語った。

この玉突き事故を誘発した女性が掲げていたのは、「Allez Opi-Omi!」(フランス語+ドイツ語で「行け、おじいちゃんおばあちゃん!」の意味)と書かれたプラカード。
その女性は完全にカメラを意識しており、選手たちには背を向けていた。その姿勢は明らかに敬意に欠くものだった。ドイツ語で書かれたプラカードが、皮肉にもドイツ選手に被害を与えてしまったのである。



この事件はフランス国内はもとより、世界各国でも大きな話題となった。28日には何者かがtwitter上で「グラスゴー空港にて、ツールドフランスの“プラカードを持った観客”がスコットランド警察に拘束される(引用元:AFP)」と呟いた。AFPとはAgence France Presseというパリを拠点にした歴史ある報道機関であるが、実はこの呟きは悪質なイタズラであり、全くの誤報であった。
フランスの放送局、フランス2に出演した人気スポーツキャスターのローラン・リュヤはこれを速報として間違って番組内で紹介。その誤報騒動は翌日には「ツールドフランスに関するローラン・リュヤの大きな失敗」という見出しで、日刊紙Midi Libreに取り上げられてしまった。



さらに、フランス国家憲兵隊が公式Facebookで「プラカードを持った女性観客」の目撃証言を募集したところ、4千件を超えるコメントが寄せられたという。有益な情報もあったが、そのほとんどが女性を中傷する書き込みだったそうだ。

実は初日の玉突き事故だけでなく、大会3日目にも転倒事故は起きた。この日はブルターニュ半島のロリアン市からポンティヴィー市までの182,9km、4級山岳が2つもあるコースが用意されていた。しかし、連続したカーブの続く道で選手が次々と落車。2018年の優勝者であるゲラント・トーマス選手は肩を脱臼する大けがを負った。

これを受け大会4日目の29日には選手たちが進路上で一斉に自転車を降り、1分間もの間、競技の安全性を求めて大会に抗議。これは、コースの危険なレイアウトについて不満を持つ選手たちによる前代未聞の抗議であった。

地球カレッジ

こうして波乱の幕開けとなった2021年のツールドフランスだが、6月30日には大きな展開を見せた。
開催初日に史上最悪の玉突き事故の原因を作った女性観客が、4日間の逃亡の末に出頭したのである。ドイツ語で書かれたプラカードを持っていたため、当初この観客はドイツ人女性と見られていたが、実は30歳のフランス人女性であった。ツールドフランスの大ファンで、熱心な視聴者であるという自身の祖父母に宛てたメッセージだったそうだ。彼女の祖母はドイツ出身だという。

ツールドフランスのピエール・イヴ・トゥー副ディレクターは事故後、女性に対して法的措置を取ると表明していたが、1日には大会主催者側がこの女性に対する訴えを取り下げたと明かした。同日、大会ディレクターのクリスチャン・プリュドムは「私たちは大げさに広まってしまったこの事態を緩和させたい。何よりも大事なのは、沿道の観客が今後気を付けなければならないというメッセージが一般に広まったことだ」と語った。

「誰もが落ち着かなければならない」と、この数日間の過熱した報道に対して大会ディレクターは付け加えた。ただ、地元検察官は記者会見で「主催者側の訴えの取り下げは、起訴の放棄を意味するものではない」とし、女性には1年から2年の懲役が科せられる可能性がある。



羽目を外した一人の女性観客から始まったこのツールドフランスの騒ぎは、ソーシャルメディアを中心に世界中に拡散されたが、このような事故は大規模な大会に限らず起こり得る。去る6月11日、EU域内の渡航制限が緩和された。渡航の14日前までにワクチン接種を完了した人は、検査や隔離されることなくEU域内を自由に移動することが可能になるというものである。

この一年間、フランス国民は他のヨーロッパの国と同じように我慢を強いられてきた。オンラインの恩恵を受けたと同時に、オフラインの熱量が恋しくてたまらない一年でもあった。
このところフランスでは、ツールドフランスも含め、6月中旬から始まったサッカー・ヨーロッパ選手権などスポーツ観戦が大変な盛り上がりを見せている。テレビのあるカフェバーではスポーツ中継に熱狂するフランス人たちでごった返しているし、パリを歩いているとフランス語でない言語もあちこちで飛び交うようになってきた。

夏の観光シーズンに向けて、いよいよフランス経済が巻き返しを図るという状況で、コロナ前以上の 「周囲への配慮」が社会で求められている。今回のツールドフランス事故は、そういった意味で大きな影響を与えたのではないだろうか。コース最終日の7月18日、選手たちはゴールである凱旋門に到着する予定だ。

「新たな日常」に向け急速に動き始めている今。コロナ禍で生まれてしまった「他人に対する不信感」を「 他人へのリスペクト」という考えにシフトしていきたい。(大)

自分流×帝京大学