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滞仏日記「不意に息子がやってきて、泊まりに行くから夕飯いらない、と言った」 Posted on 2021/07/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子のバカロレア試験が終わり、ホッと一息ついていた午後、息子が、PCRの検査キットある? と訊いてきたので、
「なんでや?」
と返した、父ちゃん。
「いや、あのね、今日、クラス委員のナトン、わかるでしょ? 彼の家でフェット(パーティ)があるんだよね」
「へー、どんな?」
「クラスの子たちが、ほら、バカロレアの試験が終わって、高校二年が終わるから、集まろうってことになって、行ってもいいかな?」
「不良たちじゃないんだね?」
「ないよ、クラスの子たちだよ。フランスは夏休みとかそういう時に、子供たちが集まってパーティやるんだ、それ」
「この間、パパがいない時にやったような不良祭りだったら、許さないからな」
「パパ・・・」
息子が、肩をすくめた。フランス人がよくやるポーズだ。



「そうじゃないよ。トマも来るんだ。っていうか、ポールも来る。パパと仲がいいラビンツキーさんとこの子。知ってるでしょ? ぼくと小学校が一緒だった」
「わかるよ。大きくなったかな」
息子は携帯取り出し、ポールの写真をぼくに見せた。何か、また嘘をついてないか、警戒している、父ちゃん。
「そこに集まる子たちは全員、パパの知ってる子たちだ。ぼくの同級生」
「クラス全員って、何人だ?」
「25人」
「そんなに集まるのか? ま、まさか、女の子もいたりするのか?」
「パパ、ここはフランスだよ、当たり前じゃん。男女平等なんだよ。しっかりしてよ」
かっちーーん。ま、まぁ、いい、百歩譲ろう。試験も頑張ったし・・・
「何時に帰ってくる。23時か? 24時か? まさか、深夜になるのか?」
「パパ、ここはフランスだよ。朝までに決まってるじゃん」
かっちーーーーーん。ま、まぁ、しょうがない、百歩譲ろう。試験も頑張ったし・・・
「朝までって、お泊りということか? 女の子もいるのに?」
「大きな一軒家なんだよ。ご両親が許可だしている。ここはフランスだよ」
かっちーーーん。くそ、いちいち、フランスって、うるさいんだよ。



地球カレッジ

「しかし、君ら、高校二年生だろ」
「パパ、二年はもう終わった。もう、3年だよ。それに、フランスの学生たちはみんな試験のあと、次の学年になる前に、こういうフェットをやるんだ。それがフランス流なんだよ。ぼくだけ行けないのは酷じゃないかな」
「しかし、感染が怖いな。いくら、フランスの感染者数が激減しているとはいえ、今、変異株がロシアとか英国とかで流行っている。大人はみんなワクチン接種しているけど、君らはまだしてない」
「トマとか、ポールとか、一回接種が済んだ子が三分の一くらいいる。それに、全員、PCRテストをやって集まることになった。だから、ぼくもしていかないとならないんだよ。やってもらっていい?」



とりあえず、自宅用のPCRキットを救急箱から取り出した。
「本当に全員してくるんだろうな、PCR」
「そうだよ。一応、そういうルールだよ」
「でも、中にはしてこないやつもいるんじゃないか?」
「パパ、それはわからない。ここはフランスだからね。でも、ぼくは同級生を信じている。だからぼくは検査をやって、陰性だったら行く」
ぼくは、息子の鼻の穴の中に、超長い綿棒のようなものを突き刺し、奥の方をぐりぐりと強めにやった。抜いた瞬間、
「いつもより、痛い」
と文句を言った。しっかり粘膜に擦りつけといてやったのだ。いひひ。

滞仏日記「不意に息子がやってきて、泊まりに行くから夕飯いらない、と言った」



「わかった。前回のこともあるからな、一応、集合写真を送ってこい」
「え? ・・・う、わかった」
「ポールがいるか、トマがいるか、チェックする」
「う、信用ない」
「一度、嘘ついたからな。信用を取り戻すのは長い道のりが必要だということをよく覚えておけ。お前がパパに嘘つかなければ100%信じてた。でも、それを挽回しなきゃならない。18才(フランスの成人)までは、パパがちゃんと監督し、導く。分かったな?」
「OK。それはしょうがない。嘘ついたのはぼくがいけなかった。悪いことをしてないって自信があったから、パパを煩わせたくなかったんだ。従うよ」
「それから、全員、陰性だとしても変異株は容赦ないからな。出来るだけディスタンス」
「OK」
「でも、そこは広い家なのか?」
「うちよりはうんと広いよ。一軒家で、コートもついてるんだ」
「ちぇ、金持ちのブルジョアか」
「ひがまない、ひがまない」
かっちーーん。いちいち、頭に来る。まぁ、いい、百歩譲ろう。・・・
「それから、女の子と同じ部屋でごろんとかしちゃだめだ」
「もちろんだよ。当たり前じゃん。ナトンは学級委員長だよ。彼は正義の男だ」
「OK、そこは信用する。で、明日は朝何時に帰ってくるんだ?」



「たぶん、うだうだ、みんなで過ごすから、夜が明けないと分からない」
「女の子の親はそれ、許可するのか?」
「パパ、ここはフランスだよ。気になる親は親同士話し合ってるかもしれないけれど、頭ごなしにそういうこと言うのはパパぐらいだよ。古すぎるんじゃない?」
息子は、肩をすくめて、ラインのスタンプのような恰好をしやがった。
かっちーーーーーん。ま、まぁ、いい百歩譲ろう。くそ、試験も頑張ったし・・・

つづく。

滞仏日記「不意に息子がやってきて、泊まりに行くから夕飯いらない、と言った」



滞仏日記「不意に息子がやってきて、泊まりに行くから夕飯いらない、と言った」

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