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滞仏日記「やべー、めっちゃ息子が鬱っぽい。どうしたんだい、he,hey,baby!」 Posted on 2021/06/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、イーロンマスクさんがテレビ番組で、自身がアスペルガー症候群であることを告白し話題になった。
この病は「自閉症スペクトラム」などと呼ばれることもあるらしいが、他人のメッセージの理解が出来にくかったり、逆に感情の表現が他の人より強い、など様々な傾向があるらしい。
しかし同時に、高い集中力のある人も多いのだとか。成功者に多かったりするね。
最近、とくにそういう、聞きなれない症候群、躁鬱とかを告白する人が周囲でも増えてきた。
そこで、ぼくも自分を振り返ってみた時、確かに、ぼくは普通とは違うし、うまく他人とアクセプトできないこともあるし、感情の起伏が激しいし、落ち込む時はとことん落ち込むので、少なくとも、鬱の傾向はあるかもしれないなぁ、と思う。
老化もあるよねー、はいはい。わかってますって・・・笑。
あ、更年期はあったと思う。
気が付いた時は終わっていたけれど・・・あった、あった。
四十肩、五十肩もあったよー。
もちろん、鬱からの立ち直りも早いので、それがどういう症状なのか、分からないだけで、もしかすると精神科に通ったら、立派な病名がもらえる可能性も否定できない。←あり得るなぁ。かっちーーん症候群とか・・・

滞仏日記「やべー、めっちゃ息子が鬱っぽい。どうしたんだい、he,hey,baby!」



ぼくの友人に大学病院の精神科で働いている人がいる。
その人曰く、先生たちはすでに人間のレベルを超えているちょっと常人離れした人ばかりで、もはや、何を考えているか、私には理解できない、むしろ、みんな患者さんみたいで、と言っていた。
精神とか心って、何をもって普通と判断するのか、これは本当に難しいし、分かりにくいし、どこまで踏み込んでいいのか難しい、そういうものを判断するお医者さんたちも、常に、境界の狭間で働いてらっしゃるわけだから、たぶん、ぼくの友人には人知を超えた域に生きている方々にしか見えないのであろう。
若い頃に見たお芝居で、心に強く残っているものがある。
気がおかしくなることは普通なんです、というような芝居で、観終わった後、なぜか、ほっとした。
気が狂うというけど、明らかに異次元に行かないまでも、どんな人でも、多少の精神のずれはあるような気がする。
どこか曖昧な空と海のあいだのようなところに心がある、ような・・・。
ぼくなんか常にそうだけど、だから作家なのだと思うし、そういう状態の自分をどう解釈していいのか、分からなくなることがあり、診断されて、あなたは~~症候群ですね、と言われた方が安心できるかもしれないじゃないか、と思うこともあります。←ありませんか? 

滞仏日記「やべー、めっちゃ息子が鬱っぽい。どうしたんだい、he,hey,baby!」



話がしが長くなったけど、息子はここのところ、ちょっと鬱傾向にある。
安定している時と、ぐんと落ちている時の差が目に見えるようによくわかる。
明るい時の彼と暗い時の彼は別人みたいだ。
思春期だし、反抗期だし、受験生だし、進路の問題や恋人との関係など、いろいろと周辺が目まぐるしく動いていることも影響しているのは事実だし、異国で生きる日本人の17歳だし、・・・ぼくのような変なおやじと2人暮らしだし。←ぼくのせいか、かっちーーん症候群めー。
しかし、親としてはちょっと心配なのである。
アンナを含め、古くからの友人たち3人に絶交されたというのも気になる。
頭のいい子なので、成績も悪くないし、正義感も強いし、でも、食事の時に俯いて食べて、そのうつろな目がなにより、気になる。
夏休みに、ウイリアムたちと一週間旅に出るし、ぼくと田舎でも生活するし、8月には恋人の家族に招かれみんなで旅行に行くみたいだし、太陽を浴びて、元気になってくれたら、別にいい学校などに行かなくてもいいんだけどなぁ、と父ちゃんは思ってしまう・・・。

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来週、バカロレアの大きな試験が終わるので、それが過ぎたら、また元気になるかもしれないが、今は、こっそり、様子を見ている。先日、パパに内緒でこっそり仲間たちを招いてパーティをやり、パパに怒鳴られた頃から、ちょっと変だ。
怒ったことは今更後悔していないけど、しかし、しかし、ため息がこぼれるよ・・・。
今日も、昼ごはんが出来たので
「ごはんだよー」
と呼んだら、返事がない。子供部屋みたら、真っ暗で、
「ごはーん」
というと、遠くから、はーい、という返事。
心配しているとのそのそ出てきて、食べ始めた。
「何で部屋暗いの?」
と言ったら、
「寝てたから」
という。
「昼過ぎてるけど」
「そうだね」
やれやれ。
「今朝もまた、6時に目覚ましなってたよ」
「ああ、うん。ずっと消し忘れてる」
「10分も鳴りやまないから、パパが消しに行ったんだけど、頭の横で鳴ってる目覚ましで起きない17歳って、やばくないか?」
一応、くすっと微笑んで笑いが戻ってきたので、ホッとする、という毎日なのである。
父と子、二人暮らしなので、会話がないのは仕方ないけど、いやぁ、これはこれでストレスだぁ。誰か、助けてーー、ぼくだって、生きてるのだ。←ここから父ちゃんが鬱になったりするので、悪循環・・・。気を付けよう。

滞仏日記「やべー、めっちゃ息子が鬱っぽい。どうしたんだい、he,hey,baby!」



でも、心配してもしょうがない。イーロンマスクのような大天才かもしれないので、様子をみることにする。
ぼくも月に一度は鬱っぽくなって、家事を放棄するから、同じかもしれない。
その時は理屈じゃなく、やる気が不意に消失してしまうのだから、説明できない。
なんにも集中できなくなり、ずっと寝込んでしまう。
息子は一日中、ヘッドフォンをして、暗い部屋でパソコンを覗き込んでいる。
ぼくの若い頃には考えられなかったネット青春だから、何か、そういう日常が彼の心や脳に影響を与えているかもしれない。
息子が小学生の頃、一緒にバレーボールをやっていた日が懐かしい。彼はバレーボール部員で、試合が近づくと、マルシェの跡地でぼくが即席のコーチをやった。←いい時代だった。
そのバレーボール部活動もコロナで出来なくなり、やめた。
そうか、コロナの影響もあるのかもしれない。



三度もロックダウンに見舞われ、長いこと非日常の世界を生きてきたパリ。
これまでの価値観が奪われ、戦後の鬱状態みたいなところにぼくらの心はいま、あるのかもしれない。
というか、まだ戦後かどうか、分からないじゃないか。
コロナ戦争はまだ終わってない。
ぼくは、下を向いて食べ続ける息子に言った。
「先行きの見えない今のような時代だから、いい大学に入ってほしいとか、安定した未来を生きろとは言いたくない。お前が楽しく毎日生きていてくれるだけでうれしい。パパがうるさく、勉強、勉強しろ、と言ったとしても、それはパパの仕事だからね、仕方なく、聞いといてくれ。本心は、君が楽しく自分らしく生きられる道さえ見つけてくれたら、それでいいと思っているのだから・・・」

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