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滞仏日記「元気ない息子に、父ちゃんは一計を案じるの巻」 Posted on 2021/06/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ということで、あれ以来、息子くん、めっちゃ暗い。
息子は、バカロレアの試験を月末に控えているが、実質長い夏休みに突入した。9月の頭まで2か月以上のバカンス休暇に入ったのだ。
どうも、彼が暗いのは、父ちゃんに叱られたからだけ、じゃないみたいだ。夕飯をまた大量に残したので、
「飯を残すなら、最初から食べるな」
と叱ったところ、
「食べなきゃ、と思ったけど、食べる力が出ない」
と言うのである。
「なんでだ?」
「なんか、同じタイミングで3人の友達に、絶交されたんだ」
その一人は、息子が中学の頃からの一番の親友、アンナだった。※アンナはこの日記でも最多出場の一人なので、過去記事を検索してみてください。息子の落ち込み具合がわかるかも・・・。
「アンナは君の一番大事な友だちだろ?」
「でも、もう喋りたくないと言われた、昨日」
「最近、変だな。なんか、パパに嘘をつくし、もしかしたら、君は仲間たちにもいい加減な態度で接してないか?」
「・・・」
「ルーシー(恋人)が君に悪影響与えているのじゃないか?」
「パパ、それは違う。誤解しないで、あの子はそんな子じゃない。最近、ぼくはよくわかってきたんだ。とってもいい子だ」
あまりに必死に訴えるので、ちょっとこれ以上煽っちゃいけない、と思った。

滞仏日記「元気ない息子に、父ちゃんは一計を案じるの巻」



どうも、何か精神的にバランスがとれてないようなところがある。
これは、気を付けないとダメかもしれない、と思った。それで、今日は一日、どうしたものか、どうやったら、この子に再び明るい笑みを取り戻してやれるか、について考えた。
フランスの子供たちは親の判断で、こういう場合、すぐにカウンセラー(心療内科)に相談をする。
ぼくの周りの子供たちはマノンもそうだけど、みんな心療内科の先生が心の相談相手になっている。そこに、親は参加できない・・・。
こういう場合、親には言えないことを医師が医学的見地から判断し、導くのがフランスなのである。
日本でも、ぼくが大学で教えていた頃、多くの生徒が心療内科に通っていたので、似ているかもしれないが、フランスは目に見える悪い状況が出る前に、医師に頼るのが普通なのである。
カウンセリングのことも十分、考えたけれど、ぼくは作家だから、いつも家にいるし、自分の仕事を少しセーブすれば息子と向き合える。もう少し、こいつと向き合ってからにしよう、と思った。



そこで、半日考えて、一計を案じたのである。
この長い夏休み、2人で田舎暮らしをしたらどうだろうか、と・・・。
なんだ、そんなこと、と思われるかもしれないが、目の前が海なので、海セラピーというか、あの素晴らしい海を見ていたら、心が安らかになるのじゃないか、と閃いた。
そもそも、そこはある種のパワースポットである。
確かに、カイザー髭とかハウルの魔女など、変な隣人はいるけれど、でも、世界中歩いてパワースポット巡りをしてきたぼくが思う、ここ最近で一番エネルギーを貰える土地でもある。
方角も悪くない。笑。方角にうるさい知人が調べて、辻君、そこは君にとって最高の方角なんだよ、と教えてくれた。
ぼくは方角を気にしたことがないけど、実は20年前、パリの方角には絶対行かないで、と占星術の偉い先生に言われたのに渡ってしまって、いろいろとあった。笑。

滞仏日記「元気ない息子に、父ちゃんは一計を案じるの巻」



ともかず、二か月半もあるバカンス休暇、ずっと家にいて勉強なんて出来るわけがない。
パリの夏は暑いので、それこそ、ここに閉じこもったら、おかしくなってしまう。
やはり、田舎に連れ出そう、と思った。
もっとも、音楽の機材が何もないので、退屈するかもしれない。まだ、ベッドもないので、彼はテンピュールのマットを床に敷いて寝ないとならない。断られるかもしれないが、うーん、話してみる価値はある。
ぼくの作戦はこうだ。息子が好きな友だちを1人か2人、途中から呼ぶ。
子供たちはもちろん雑魚寝になるが、ぎりぎり、3~4人くらいは滞在できる。キャンプだ!
夏休み、子供の相手が出来ない様々な事情を抱えた親御さんもいるだろうから、ぼくがまとめて預かり、面倒をみる、という作戦だった。

滞仏日記「元気ない息子に、父ちゃんは一計を案じるの巻」



そこで、夕方、ぼくは意を決し、息子の部屋をノックしたのである。
「なに?」
「あのね、夏休みの計画をたてよう」
ぼくはスケジュール帳を開いて、息子に見せた。
「お前が嫌じゃなければ、一緒に田舎で過ごさないか? 海を眺めて過ごすと落ち着くぞ」
「あ、そうだね」
「友だちを1人なら招待できるぞ。まず、ぼくと君で一週間くらい過ごして、途中から暇そうなウイリアムとか、アレクサンドルとか、トマとか、交代で泊まりにくればいいんだ。パパが全部まとめて面倒見てやる。たらこスパゲティに、天ぷらに、すしだ!どうだ!」
どや顔で、言ったのだった。
うーん、と息子。
「有難いけど、どこの子も家族と旅行に出てパリにはいないよ」
「マジか? 1人くらい子供の面倒がみれなくて、困ってる親御さんいないのか?」
「さぁ、バカンス期間、家族とびっちり過ごすのがフランスのルールだからね」
「・・・」



「それよりパパ、7月の頭、10日間くらいウイリアムの田舎の家に、トマとアレクサンドルとぼくの四人で泊まりたいのだけど、いいかな? ウイリアムのお母さんがチケットはすでにおさえてくれている。同じヴィラ内にウイリアムの伯母さんが住んでるから世話もしてくれるんだよ」
「え? ああ、いいよ」
拍子抜けした。
「それはいつまで?」
「7月10日まで」
ぼくの地球カレッジが11日にあったので、まあ、ちょうどいい、と言えば、ちょうどいい。そこはパリにいないわけにはいかないからである。
「じゃあ、その後、合流して、一緒に田舎に行こうか」
「いや、あの、お願いがある」
出た。息子のお願い・・・
「なんだ」

滞仏日記「元気ない息子に、父ちゃんは一計を案じるの巻」



「実はバカンス中、ルーシー(恋人)は英国の実家、その後家族とモロッコ滞在なんだって。で、よければ、彼女がパリにいる7月中旬の三日間を避けてほしい。そこは2人で会いたいんだよ。田舎はその後でもいい?」
パッと明るい顔になった父ちゃん。
「いいよ。もちろんだよ。7月はびっしりスケジュールになるな。じゃあ、ルーシーがモロッコに旅だったら、ぼくらは田舎に行こう。2人きりだけど、いいか?」
「いいよ。釣りでもしようよ」
「釣りか! 名案だ」
ぼくは釣り好きだったぼくの父さんとよく佐賀の松原に釣りに行っていた。そのことを思い出したのだった。釣りをこいつに教えてやろう。←教えられんのかい、ひとなり・・・。by天国の父。
「あと、もう一つ、お願いがある。これはちょっとまたパパが怒るかもしれない」
「なんだ。言ってみろ」
「ルーシーのお母さんが、8月は田舎の家で家族で過ごすらしくて、大きな家らしい。うちとは違って、プールがあって・・・」
かっちーーーーーーーーーーーーーん。
「それで、ぼくに一緒に行かないか、って。誘われてるんだ。ルーシーの兄弟やみんな、一緒なんだよ。ダメかな? ルーシーのお母さんがパパと直接電話で説明するって」
これは、悩んだ。でも、ここでノンとしたら、この子は逃げ道を探してもっと嘘をつくようになるかもしれない、と思った。この子のいい面を信じて、そこを伸ばしてやるか、と決めた。
「分かった。じゃあ、それ以外の日はすべてパリで勉強に集中する、と約束できるか?」
息子が頷いた。
「よし、じゃあ、まずはルーシーのお母さんとパパが電話で細かく話しあって決める」
「パパ、フランス語大丈夫?」
「かっちーーーーーーーーーーーーーーーーん」
思わず、声が出てしまった。



「翻訳機があるから、なんとかなる」
ぼくらは笑いあった。ともかく、人間というのは、楽しい計画があると明るくなる。未来が見えると元気になる。
長いコロナ制限の中で、子供たちの心もすさんだのだ。
全部をNOと否定するわけにもいかない。
パパに嘘をつくのはNO。でも、正直に話して誠意をもって行動をするならYESだ。
辻家の夏の計画、なかなか明るい兆しと可能性が見えてきた。
後はぼくがひと踏ん張りすればいいのだ。よっしゃ。

つづく。

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