JINSEI STORIES
滞仏日記「はじめて、田舎の家に友だちを招いた。えへへ」 Posted on 2021/06/13 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「絶対、ここには誰も呼ばない、知り合いを招いたりしない、ぼくは孤独になるためにここにいるんだ。一人で生きていくんだ」
と息子にも、読者の皆さんにも豪語してきた父ちゃんであったが、呆気なく、前言撤回となった。
つまり、友人ご夫妻を招いてしまったのである。じゃじゃじゃじゃじゃーーーん。
しかし、賢明な日記読者の皆さんならば、あの対面型のキッチンを設計した時点で、ゲストに料理作る気満々じゃないの~、とつっこみたくなったはずで、ふふふ、その通りじゃ。するどい!
父ちゃんは負けを認めます。
マダム・アリスとムッシュ・ブリュノはぼくにとってフランスで生きる上での恩人であり、大先輩なのだ。
息子にとっては遠い親戚のおじさん・おばさんみたいな存在でもある。
ぼくが離婚をした直後、あちこちから誹謗中傷を受けていた時、この二人は辻家にそっと寄り添ってくれた。
そこから深い友情が生まれ、アリスはぼくの一回りも上だけど、本当に、その時も今もたぶんこれからも、ぼくに人生の指針となるようなしっかりしたアドバイスをくれる。
父ちゃんとは言え人間である。
父ちゃんなりに人生にぶち当たることもある。
特に、教育、異邦人としてフランスで生きる上での苦悩とか、法律・経済的悩みなど、より現実的な面でアドバイスを二人はぼくに与えてくれてきた。
アリスは旅行会社を経営していた実績もあり、フランスの田舎の魅力も熟知している。2人はとくに旅のエキスパートだ。
今回もぼくが作る和食を堪能してもらいながら、フランスの田舎暮らしのすばらしさについて意見の交換会となった・・・。
それにしても、この田舎のアパルトマンのキッチン、想像していた以上の出来栄えであった。
「一日一組しか予約をとらない田舎のオーベルジュ」並みの機動力が備わっていることが分かったのだ。
海側に面した窓、全てを開放すると水平線が続くパノラマを愉しむことが出来る。
そこに沈む美しい夕陽を眺めながら、父ちゃんがゲストの前で料理を作るというのだから、笑、ね、なんて、贅沢な空間であろう。
今回の料理は「銀座新橋居酒屋スタイル」とした。
実は、5年ほど前、一度、ぼくは2人を銀座の鉄道高架下の居酒屋に連れて行ったことがある、フランス人にはああいうのが粋に映るらしい。
目の前でどんどん作って出す、かしこまったものではなく、楽しく美味しい料理である。
3人ともワクチンの接種を完了しているので、コロナも、以前ほど怖くない。
さて、今回、ぼくが作ったメニューを紹介してみよう。
前菜は蟹とガンバス(蝦)の巻き寿司、一本釣り鯛のカルパッチョ、メインは鳥柚子赤胡椒焼き、牡蠣のオイル・パスタ、などなどである。
あとはちょっとしたおつまみをその場その場で創作したのだ。
蟹とガンバスの巻き寿司。お米は鍋で炊いた。米粒が生きている。海苔は有明海。
漁師が一本釣りした鯛。ドラード・ロワイヤル。これをフランス産の昆布じめ。真ん中の黄色いのはウイキョウのマリネ、つまり、おしんこ。マスの卵を散らして。
鳥を一晩マリネし、皮パリに焼く。赤柚子胡椒で、ひりひりしながら食べる、最高。
牡蠣のオイル漬けをまず、作り。その時に出たオリーブオイルで作る牡蠣のパスタ。牡蠣のオイルがやたら、濃厚。これはもう言葉が出ません。
カウンターの下にある冷蔵庫の材料と相談しながら、料理をするのが、また楽しい。めぼしい食材は近くのマルシェで買って、ぶちこんでおく。
ぼくはコの字型のカウンターの中心に立つ。
一切動かなくても、食器、ワイン、皿、食材、料理、そして、サービスが出来る。
これは実に便利で、冷蔵庫をあけ、食材を取り出し、四分の一回転してまな板でそれをカット、四分の一回転してそれをフライパンやオーブンで料理し、四分の一回転してお皿を洗う、みたいな・・・。
コの字型になったカウンター、自分を抜かして、最大5人は座れる、いや、詰めたら6人はいけるかも。やっぱり、招くつもりだったのだ。何が孤独だ、このやろうめ・・・
息子に言われた。
「パーティでもやるつもりでしょ?」
えへへ。
ぼくには長年の夢があった。
料理が大好きなので、こういう一日一組のお客さんを招くようなプライベート・レストランをやりたかった。
ま、それが実現した格好である・・・
換気扇などない。
コンロの上が開閉型の窓になっているので、そこを開け放って料理をする。
上にいるカモメたちが、うまそうだぁー、と鳴きわめいておる。えへへ、あげないもん。
沈む夕陽を眺めながら、ぼくらは、人生について語り合った。その、ほとんどが旅の話し・・・。
銀座居酒屋巡りの時の話しからはじまり、フランスの田舎暮らし魅力、ギリシャの島々の話し、スペイン、イタリアの美味しい話しなどなど、・・・。
いやあ、話しは尽きない。話しの合間にシェフはがんがん、思い付きで料理をしていくのだ。楽しい。やっぱり、長かったロックダウンの時期にはこんなこと、想像も出来なかった。
「よかったね。人間らしく生きられて・・・・」とアリス。
彼らの田舎の家がぼくのアパルトマンから15キロくらいの場所にある。アリスは飲まないので、ブリュノが撃沈しても、大丈夫。
こうやって、フランスは再び、夜遊びが出来ることになったので、この勢いで、久しぶりの夏が戻ってきそうだ。
一時は一日の感染者が7万とか8万人まで拡大したフランス、今日の感染者数は全土で3千人台である。この勢いで、さらに減り続けてほしい。
ぼくにとってこの年長の兄と姉は、安心感を届けてくれる心許せる友人である。実は、明日も遊びたいと言われたのだけど、地球カレッジがあるので、お断りした。あはは。
ぼくがギターを持ち出し、コの字型のカウンターの中心で、ラ・ヴィアン・ローズ「バラ色の人生」を歌いだしたら、2人も一緒に歌いだし、ついぞ、大合唱になってしまった。
バラ色の人生か、・・・。なんと甘美な響きであろう。
この国で生きていく上で、この二人は、有難い心強い存在でもある。その友情をつなぐのが美味しい料理ということになる。
ぼくは誰かのために料理をしている時の自分が一番好きだ。
田舎の父ちゃんのレストランはこれから夏にかけて、繁盛記を迎える。
え? つづくんかい!!
つづく。
ちなみに、今日、6月13日はこのキッチンから、地球カレッジをお送りします!
ヒルトゥネン 久美子
「4年連続幸福度世界一のフィンランドから学ぶ、幸福学」
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