JINSEI STORIES
退屈日記「田舎の夜がとんでもなく騒がしいことを知る」 Posted on 2021/06/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、夕飯を食べるのも忘れて仕事に没頭していたら、何か屋根を歩くものがいる。
ガタガタ、ゴトゴトと凄い音なのだ。
20時くらいから始まった。
誰か人がいるのか、と心配になったけど、屋根に上るにはうちの天窓からしか上がれないとカイザーさんに言われていたので、人間じゃないことはわかった。
じゃあ、カモメ?
カモメはたしかに大きいけど、こんなドスンドスン音を立てるのか、と驚くくらいの音なのである。
格闘とか喧嘩しているのかもしれない。
しかも、鳴き声がすさまじい。ウミネコというけど、発情期の猫のような鳴き声が響き渡って、周囲が真っ暗なので、ちょっとこれは怖いかもしれない。
先月までこんなことはなかった、というか、鳴いていたけど、ここまで激しくはなかった。
もしかしたら、昼間、バゲットを与えたのがまずかったのか!!!
気にしないで仕事に集中していたら、ドスンドスンがさらに酷くなり、寝室の上の天井からとかキッチンの上の方からも聞こえだし、これは本当にカモメだろうか、と疑いだした。
もしかしたら、ポルターガイスト現象かもしれない、と考えたら、ゾッとした。
それはありえる。ポルターガイスト現象はかつて、ニューヨークで暮らしていた時に数度経験をしたが、ラップ音とか、天井などで激しい音がした。
しかし、よく聞くと、人間味のある音が響き渡っている。リアルな足音に近い!
ともかく、かつて経験したことがない状況で、これが続くのだとしたら、ぼくはもの凄い物件を買ってしまったことを後悔する必要がある。
カモメが毎晩屋上でプロレスをする館として、テレビ番組などの取材も出来そうな勢いである。
しかも、21時を過ぎた頃から鳴き声がもっと大きくなった。
数羽がいる程度の話しじゃない。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、推定100羽はいる。
屋根にびっしりカモメが群がっている絵を想像してしまった。恐ろしい・・・
脚立をかけて、天窓をあけてチェックすることもできるが、カモメはカラスに攻撃をしかけるほど気性が荒いので、ぼくが天窓から顔を出したら、一斉に攻撃されるのじゃないか、と想像し、首をすくめてしまった。
カモメ王国の国王が城に戻ってきたことを喜んでいるのであれば、ま、嬉しいのだけど、まだ、国民の気持ちがいま一つ分からない王様の父ちゃんであった。
このカモメたちの大騒動はその後も続いたのだけど、23時ちょうどで、ピタッと鳴りやんだ。
ドスンドスンもなくなり、猫のような鳴き声もパタンと消えて、あたりはシーンと静まりかえった。寝たの? トントントン。
きっと、夏の終わり、いや、秋の終わりまで毎晩、このものたちは王宮の天井で宴会をやるのであろう。
23時で宴会は終わり、彼らは寝ることもわかったので、ぼくは一安心をした。
しかし、これをポジティブにとらえることもできる。
考えようによっては、これだけのカモメが屋根の上で棲息しているということは、ハチとか蚊とか虫とかあるいはねずみはここに近づけないかもしれない。
とくにスズメバチは脅威だったので、国民が食べてくれるなら、駆除しないですむし、枕を高くして眠れる。有難い。
昔、山梨県の小淵沢にあった山小屋にはよくスズメバチが巣を作って大変なことになった。二回ほど、駆除業者に依頼したことがある。
調べたら、カモメは浜辺の貝を主食としているが、山にあがると、アブやハチも食べるという記述があった。
ポジティブシンキングが得意な父ちゃんならではの、発想の転換である。
国民よ、ありがとう。
ぼくとカモメの共生がはじまった。