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滞仏日記「息子を信頼するということ」 Posted on 2021/06/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いろいろなことがひと段落したので、田舎に戻る準備をしていると、息子がやってきて、
「あのー」
と言った。
ぼくは食材などをバックに詰め込んでいたのだけど、立ち上がり、どした、と訊いた。
「パパ、田舎に行くの?」
「ああ。ライブもドキュメンタリー番組の撮影も全部終わったからね」
「そうなんだ。いつまで?」
「分からないけど、新しい小説書き始めたから、ちょっと今回は長いかも。エンジンかかったら、切りがいいところでパリに戻ろうかな。逆に言うと、何かあれば、いつでもすぐに戻るよから、心配するな。車で3時間半だから」
「じゃあ、ちょっとお願いがある」
出た、息子のお願い。ぼくは身構えた。
「なんや?」
「あの、次の土曜日、友だちとフォンテンブローに旅していい?」

滞仏日記「息子を信頼するということ」



フォンテンブローとはパリから一時間ほど南下した場所にある城下町だ。
「誰と? 恋人のステファニーと二人じゃないだろうね」
「違うよ。ぼくの先輩の大学生二人とぼくを入れて三人だよ」
「大学生二人って、二人とも男性?」
「一人は女子、ほら、シーマだよ。ぼくによく進学のアドバイスくれる。パパが本をあげた子だよ」
「ああ、あの子か。でも、なんで、三人なんだ?」
「仲良しなんだよ。グレゴリーはもともとぼくの友だちでシーマと会う時はいつも三人で会ってる。旅先で、たくさん、語り合いたいんだ。いいでしょ?」
「でも、なんで今?」
「そろそろみんな忙しくなってくるから、ぼくは受験だし、彼らは二人とも医者を目指している。だから、みんなで会えなくなるから、パリじゃなく、ちょっと遠くに旅に行こうってなった。思い出を作る、日本の修学旅行のようなものだよ」
「どこに泊まるの?」
「ビジネスホテルかな。安いところ探している。みんなお小遣いが限られてるから、行ける範囲の場所を探している」
「君は未成年なのに、泊れるの?」
「パパが一筆書いてくれたら、たぶん、泊まれる。パパが田舎に行ってるなら、ちょうどいいでしょ? ぼくも羽根を伸ばしたい。フランスは感染者数がぐんと減ったし、いいでしょ?」
ぼくは考えた。とりあえず、立ち話はなんだから、とテーブルに座らせた。
確かに、感染者数は驚くほど減った。実行再生数も1を切った。パリ首都圏で今日、重症化したのは12人だ。間違いなく、ワクチンが効果をだしている。
「確かに友だちは大切だけど、急な話し過ぎないか? 17歳の君が親が付き添わなくてホテルに泊まっていいのか、月曜日に、学校に相談をしてみる。いいよね?」
「OK。それでいいよ。でも、ぼくは小学生から一人で日本に旅してきた。何が違うの?」

滞仏日記「息子を信頼するということ」



普段だったら、ぼくは反対をしているだろう。
先輩と言っても大学生の女の子を含んだ男女三人の旅行だ。
でも、前回、ぼくのライブの直前、息子の友人のアンナの誕生会への出席を、感染されると困るから、という理由でぼくはやめさせている。※詳しくは過去日記に譲る。
ぼくは大事なセーヌ川クルーズライブを控えていたので、その前の週に若者だけが雑魚寝する誕生日会に息子が出席し、その中の一人が仮に発症しCOVID認定されたら、全員が濃厚接触者になっていまう。
親のぼくも濃厚接触者になり、最悪、ライブが中止となる。
そのことを話して、息子に誕生日会出席を我慢してもらうことになった。
息子は、ぼくのために大切な友人たちのいわゆる「パジャマ・パーティ」を諦めた。逆らわず、従ってくれたのだ。
これは、考えてみれば、簡単なことじゃない。
ぼくと息子が逆の立場だったら、大人は自分勝手だ、と若いぼくは反抗していた可能性がある。



今回は雑魚寝ではなく、それぞれがビジネスホテルに一部屋ずつ借りて泊まるという旅行である。
フランスでは18歳以上が成人となる。
シーマとグレゴリーは問題ない。
息子に関しては学校側と話し合って、問題ないならば、行かせてもいいかもしれない、と思った。
ぼくはこの子と17年間一緒に生きてきた。この子の真面目さはもう分かってる。
息子を信頼している。
「わかった。明日、生活指導の先生と相談をするよ」
「ありがとう。あと、もしオッケーの場合、ホテル代を借りてもいいかな? 毎月のお小遣いだけじゃ、多分、泊まれないと思うから」
ぼくは、もちろん、と言っておいた。
「お前が社会人になってお金を稼げるようになったら、パパに借りたお金を返還すればいい。全て細かく借金帖に書いとく」
「借金帖??? そんなのがあるの???」
えへへ。



滞仏日記「息子を信頼するということ」

ところが夜、夕食の最中に息子が、
「あの話しだけど、なくなった」
と言い出した。
「三人での旅行のこと?」
「うん、今日、もう一度、話し合ったんだけど、パパの言う通り、急だし、今回は止めましょう、とシーマが言い出した。でも、もうすぐ夏休みだから、夏休みを利用して旅に出ようということになった」
「なるほど。確かに。夏休みの方が賢明だね」
「うん。だから、学校の先生にまずぼくから話しをしてみる。そのあと、パパからも訊いてくれる?」
「オッケー。問題ない」
「ありがとう」
「どちらにしても、きっと大丈夫だ。パパは、君を信頼している」
そろそろ、子ども扱いは終わる年齢になってきた、ということである。

滞仏日記「息子を信頼するということ」



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