JINSEI STORIES

滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」 Posted on 2021/06/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、あの炎天下でライブ&ガイドを二時間半やって、くたくたで爆睡した父ちゃんだったが、翌朝、いつもの時間におきて、ずっと玄関に届いた状態のまま一週間ばかり放置されて続けてきた机を組み立てることにした。
毎日を丁寧に生きること、これがいまのぼくの幸福感なのである。
しかし、しかしである。
これがかなり難しい作業であった。
だいたいは組み立てられたのだけど、最後の最後、やはり、一人じゃ出来ないのだ。
しかも、昨日の疲れもかなり出ている。へとへと・・・。
新しい机は小説執筆専用となる。ずっと探していた昔ながらの欧州の机をネットで見つけたのだ。
もちろん、70年代のレプリカなのだけど、でも、十分かっこいい。
骨董屋さんとかで買うと本物は100万円くらいする。
でも、レプリカだと信じられないくらい安くなる。
値段はないしょ、信じられないくらい安いよー。えへへ。
で、やはり一人ではどうしても無理なので、息子に手伝わせることにした。
午後から学校なので、今日、午前中はテレワークで在宅のはず・・・。
とんとん、と子供部屋をノック。ずかずかとあがりこんだ。
「あのさ、机作るの手伝わない。アルバイトしたいんちゃうのー」
覗いたら、女の子とテレビ電話の最中だった。画面に映った、可憐な少女。
わ、かわいい。だれ? 
部屋、暗くして、若者たちは何を話すあるか? 
「おっと、しつれい。あ、ぼんじゅーる。あ、こいつのパパでーす」
と、フランス語でマドモアゼルに挨拶をする父ちゃんであった。
「あっち、行ってよ。パパ。今、大事な話しをしてるんだ」
「ちぇ、いいだろ。親なんだから、挨拶したって」
なんか、匂う・・・新しい彼女か・・・。ってか、暗いから、そっとしとくか。
「いいから、出てって」
「せっかく、時給60ユーロ(約1万円)のアルバイトなのに。ぼんじょるねー、まどもあぜーる」



仕方なく、退散。
ところが、ぼくが机を作っていると、息子がやってきた。もう、ほぼ完成という段階であったが、
「金欠だから。時給60ユーロのアルバイトするよ」
と言ってきた。
「なんだよ、現金なやつだな」
「だって、パパ、月30ユーロのお小遣いで今時どうやって仲間たちと遊べると思う? 二回のデート分しかない。ぼく、友だち多いし、正直、それじゃあ、やってけない。でも、今、コロナだから、アルバイトもできないし」
ということで、机はほぼ完成していたので、最終工程を手伝わせて、運ぶのを手伝わせた。
ちなみに、日本の高校生ってお小遣いいくらくらい貰っているのだろう。
フランスは日本よりもかなり物価が高い。
とくに食事代がめっちゃ高いから比較できないけど、、日本はいくらか、気になる。

滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」



ともかく、二人で机の配置換えをやった。
仕事場にあった机を上の階に借りてるデザインストーリーズのオフィス(といっても、昔のお手伝いさん用の小部屋)に移動させ、新しい机を仕事場に持ち込んだ。
階段をあがるのが死ぬほど大変だった。手伝いと言えるほど、活躍してくれない。ほぼ、借りてきた猫状態。
「あの子、ステファニーちゃん?」
階段をのぼりながら、訊いた。
「ちがう。別の子」
「へー、めっちゃかわいかったね。お人形さんみたいだった」
「パパには関係ないだろ?」
「ないだろって。日本語、とげとげしいぞ」
階段を上る時に、机の脚が何度もひっかかって、腰に響いた。くそ、ちゃんと持てよ。
「ところで昨日のライブは観たの? アレクサンダー橋の上から観てるって言ってなかったっけ?」
「言ってない」
「生放送、観るって言ったから、コード教えてやったのに」
「都合が悪くなった」
「明日から完全版が再配信される。好きな時に6日まで観れるから観たら」
返事なし。かっちーん。
ほんと、気分屋である。
この子は調子いい時と悪い時の落差が激しすぎる。
「まあ、いいよ」
机がぼくの希望通りの場所にちゃんとおさまったので、財布から10ユーロを取り出し、息子に手渡した。
「50足りないけど」
「あほか、時給60ユーロって言ったろ? 君は10分しか働いてない。時給ってのは一時間働いたら60ユーロって意味だ。10分しか働かなかったのに一時間分貰える世界がどこにある」
息子、じっと、10ユーロ札を見つめながら、うん、わかった、と呟いた。
いつも、同じ、トレーナーを着ている。よれよれのトレーナーだ。

滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」



うちは、洗濯は自分でやらせているから、アイロンとかぼくがかけることもない。
一応、洗濯はしているから汚くはないと思うけど、いつも同じ服を着ているのは可愛そうだな、と思った。
確かに、30ユーロでデートもあれば仲間たちとお茶もする。そのお小遣いで服や靴までは買えない。
ルールをちゃんと決めてなかったので、これは決めなきゃ、と思った。
「服、どうしてるの?」
息子は着ていたトレーナーをひっぱってみせた。
「これ、覚えてないの? パパのおふるだよ。ぼくの服はだいたいパパのおふるだ。くれたじゃん、前に。あれをいつも着てる」
「マジか?」
「でも、贅沢したいわけじゃないから、これでいいよ。日本製だし、かっこいいから」
なんか、申し訳ないな、と思った。
たまたま、スタッフに払うためにおろしていた現金があったので、100ユーロ札を一枚とりだし、手渡した。
きょとんとした顔をしている。いきなり100ユーロ!
「じゃあ、こうしようか。春と秋に、毎年、洋服代を100渡す。必ず領収書をとっとけ、ちゃんと服につかったか、チェックする」
「いいの?」

滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」



滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」

地球カレッジ

「いいよ、もってけ。あんな可愛い女の子とデートするのに、そのうす汚いトレーナーじゃだめだ。パパのおふるじゃなくて、今時のトレーナーを買いなさい」
「ありがとう」
「で、あの子、なんて名前なの?」
息子が100ユーロをポケットにしまいながら、シーマ、と言った。
「医学生なんだ。進路についていろいろと教えてくれる。先輩なんだよ」
「年上の女か。なるほど、それはいいな。パパは賛成。大賛成だ」
「だから、何がだよ」
「進路について相談にのってくれる人は大事だ。今の時代は年齢は関係ない」
息子が笑った。呆れるような感じで・・・。
「でも、あの子、パパの本を図書館で借りて読んでるんだよ」
「マジか、その子がいい。絶対、大賛成」
「だから、何でだよ」
ということで気をよくしたパパはシーマのために「ピアニシモ」の仏語版にサインをして息子に渡した。
「感想文、頂戴ねって言っとけよ」
「だから、何で?」
息子はその本をじっと見つめ、しばらく、考え込んでいた。いろいろとあるのだろうな、と思ったから、この件、見守ることにする。

つづく。

滞仏日記「息子に机の組み立てを手伝わせながら、恋愛の様子を探る父ちゃん」

※これは処女作の「ピアニシモ」ではなく、文春から出たその続編的な長編小説「ピアニッシモ・ピアニッシモ」なのだ。
幽霊の話( ^ω^)・・・



自分流×帝京大学