JINSEI STORIES
退屈日記「豹変した友人について悩む、息子」 Posted on 2021/05/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、恋人問題で揺れていた息子にアドバイスをしてから、なんか、父ちゃんの株が上がり、やたら話しかけられるようになって、ちょっと気持ち悪い昨今である。笑。
普段は近づいてこないし、向こうから話しかけてくることはあまりなかったのに、ここにきて、やたら、いろいろと意見を求めてくるようになった。
昨日も食事の片付けをしていていたら、手伝ってくれて、レニー君のことを語りだした。ようは、アドバイスが欲しいのである。
「で、レニーは豹変したんだね」
「うん。人気が出てきて、先輩たちのグループに引き抜かれたと同時に、自分がリーダーだったグループを解散して、みんなに、俺は上に行くから、バイバイ、みたいな」
「へー、あんなにみんなと仲良かったのにね」
「で、俺にはもう関わるなみたいな感じなんだよ。どう思う?」
ぼくは少し考えた。
「チャンスがあれば成功したいと思うレニーのような野心家を頭から、否定はできないかな。ただ、仲良しなグループじゃ、自分は実力が発揮できないと思っていたところにプロの連中から誘いがきた、自分を試したい、悪くないんじゃないの」
「そうだね。それはわかる。実力の世界だから。でも、なんか性格まで変わった。この前まではめっちゃ仲間思いのいいやつだったのに。俺になれなれしく声かけんなみたいなんだよね」
ぼくらは笑いあった。
「日本には、人の振り見て我が振り直せ、ってことわざがあるんだ」
ぼくは下手な仏語で説明をした。
「それだよね」
「ああ、君は有名になってもレニーと同じようなことをしなければいいんじゃないの?」
「うん。有名にはなれないけど、でも、そんな格好悪いことしないと思う」
ぼくらは洗ったお皿を棚に戻した。
「パパが30歳くらいの時のことだけど、カメラマンの親しい友人がいてよく一緒にご飯食べてた。パパのバンドはまあちょっと人気があったけど、超人気バンドじゃなかった。そしたら、ある日、そいつがもうお前の写真は撮れないって言いだしたんだ。なんでだと思う?」
「さあ、なんで?」
「当時、めっちゃ人気のバンドが出てきて、そのバンドの写真を撮り出したからだ」
「でも、それと何の関係があるの?」
「それはパパにもわからない。でも、有名なバンドの写真を撮り出したことで自分はすごいと思ったんだろうな。なぜか、急に威張りだした」
「そのメンバーになったみたいな感じ?」
「そう。それで、周りの仲間たちにも自分は人気バンドの写真家だから、気安く仕事を振るな、みたいなこと言い出したんだけど、ここで問題なのは、そいつは本当にいいやつだった。優しくて、そんなこと言い出す人間とは思えなかった。もっとも30年も前の話しだから、本人も覚えてないだろう」
「うん、なんか、わかる。日本語で豹変だっけ?」
「ああ。これまで何人かこういう勘違いの人間たちを、ま、そんなに多くはないけど、パパは目撃してきた。そのたびに思うのは、こうなっちゃいけない」
息子がレニーのことを思い出したのだろう、うん、とつぶやいた。
「パパって、なんて言うんだっけ、池の水が足りないみたいな日本の言葉」
「?」
「あ、思い出した。いけすかない人じゃない」
「誰が?」
「パパだよ。パパは基本がいけすかないやつだからさ、みんな、めんどくさがって近づかないけど、パパってさ、あまり変わらないよね。どんな状況でも、ずっと一緒。それはいいと思うな」
そこ、笑えなかった。
かっちーーーん。
「とにかく、お前はレニーを目指すな。そんなことくらいで大切な仲間をなくすな。もう一度言う、それはカッコ悪いことだ」