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滞仏日記「息子に誰かいい人紹介してあげようかと言われ、かっちーん、父ちゃん」 Posted on 2021/05/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、とりあえず、息子は納得してくれたので、一緒にレストランにご飯を食べに行き、そこでいろいろと語り合った。
息子は、友だちの家で行われる誕生日お泊り会(これはフランスの伝統的な習慣で、ピジャマ・パーティと呼ばれている。ピジャマとはパジャマのこと)に行かないことを選んでくれた。
もしも、その中にコロナ感染者が出た場合、濃厚接触者は10日間の自主隔離をしないとならないからだ。
もしもの場合、ライブをできくなるので彼が事情を飲んでくれたという流れは、昨日の日記で話した通り。
もちろん、あっさりと認めてくれたわけではないけど、この子は優しいところがある。
ぼくが真剣に悩んでいる時には、必ず理解してくれる。ある意味、常識のある子なのだ。
アマチュアとはいえ、まがりなりにも息子もミュージシャンの端くれなので、ぼくやぼくの仲間たちがどんなに大変なのかは分かってくれている。
「最近、どうなの?」
とぼくは食事をしながら訊いた。
「まあまあ」
彼は自分に興味のあることには一生懸命話しをするが、それ以外の時はだいたい、こんなもの。でも、前よりは明るくなった。
「彼女は元気?」
「うん」
そういって、ナイフで肉をカットした。

滞仏日記「息子に誰かいい人紹介してあげようかと言われ、かっちーん、父ちゃん」



ぼくは田舎暮らし、ここで書いている変な隣人たちのことなどを掻い摘んで息子に説明した。
へーと言いながら聞いているけど、あまり関心はなさそうだ。
「でも、凄く海がきれいで、コロナの心配しないでいいし、いいところだよ」
そこではじめて息子が顔をあげた。
「今度、田舎のカギを借りてもいい?」
「どういうこと?」
「だから、二人で行きたい」
彼女と二人で行きたい、の主語が抜けている。
「ダメだよ」
「なんで?」
「未成年だから」
「じゃあ、18歳になったら? あと半年」
「それもダメ。社会人になったらいいよ。パパが使わない時に」
「社会人って、いつ?」
「それはお前次第でしょ?」
やれやれ、と思った。またかよ、・・・
「パパから送られてきた写真を見せたら、素敵ね、行きたいって」
また主語が抜けている。
この子はちょっとステファニー(仮で、ステファニーにしておきます。毎回、彼女と書くのもなんですから、・・・)の尻に敷かれているところがある。
で、ステファニーは息子から聞いた印象だと、モテる子で、なんかアイドルみたいな子で、いつも違ったおつきの男の子がそばにいて、マジで、それを聞かされる息子は悶々としているようで、一度は電話口にちゃらちゃらした男が出て、やぁ、とか言ったみたいで、・・・。
この子はあほちゃうか、と思ったけど、そこはぐっと我慢の父ちゃんであった。



滞仏日記「息子に誰かいい人紹介してあげようかと言われ、かっちーん、父ちゃん」

若い割りにはしっかりした子だと思う反面、愛の前ではめっちゃ脆いところもあって、父親としてはどうしていいのかわからない。
昨日の日記で書いた、お誕生日会に呼んでくれた仲良しのアンナちゃんは絵描きを目指す子で、何度か会ったけど、ボーイッシュな元気な子で、パパとしては、アンナと付き合ってもらいたいのだけど、そのことを言うと、
「子供だから、無理」
とか言い出す。
まったく、分かってないな、と思いながらも、そこもぐっと我慢の父ちゃんであった。
「ともかく、大学生になって、大人になったな、と判断をできるようになったら、田舎のカギを貸してやってもいい」
「だから、その判断基準がわからないよ」
「ガスや水道の元栓をしめたり、ごみをだしたり、掃除をきちんと出来るようにならないととてもじゃないけど、貸せないだろ。お前できんの」
「やれって言ったら、ちゃんとやれるでしょ」
かっちーーーん。
「言われないとやらないようなやつには貸せない」
なんかふてくされて、ポテトを口の中に放り込んだ。その顔がニクったらしいのだ。
「アンナとか、好きだけどね、パパは」
「余計なこと言わないで」
「はーい」
ぼくは息子に頭があがらあい。息子はステファニーに頭があがらない。ステファニーは誰に頭が上がらないのだろうね、世の中、微妙だ。



「で、パパは将来、どうするの?」
「何が?」
「そのまま、おじいちゃんになってくの? 田舎で」
かっちーーーん。
「あそこ、エレベーターなしの、5階でしょ? 10年後、登れるの? 小高い丘だし、登るのも大変じゃん。その上、五階まで、上がれんの10年後」
「今日は10キロ走った」
「無理しないでよ。その辺で心臓麻痺になったら、ぼく助けに行けないからね」
「その辺の老人には負けない自信がある」
「は、誰と競ってるんだよ。そういう比較はしないでいいよ」
「はーい」



滞仏日記「息子に誰かいい人紹介してあげようかと言われ、かっちーん、父ちゃん」

「ねー、なんで、あんな屋根裏の部屋にしたの? 将来のこと考えたら、平屋のほうがよかったんじゃないの? 田舎なんだからいくらでもあるでしょ?」
「ここだって、思ったんだもの」
「いいけど、一人で暮らすのちょっと寂しくない?」
「平気」
「もう少し、自分の心配をしなよ。まだやり直せる年齢なんだから」
へ、不意にいいこと言い出した。
「どういう意味?」
「誰か、探しなよ。フランス人にも優しい人がいるよ。紹介してやろうか?」
「は? あほか。お前に紹介されたら地球が終わるわ」
ぼくらは笑いあった。ギャルソンがやってきて、仲良しだね、と言った。
仲良しなのは確かだな、と思った。
「パパ、買いたいサマーセーターがあるんだけど、ちょっと協力してくれないかな。デートで使いすぎて、金欠なの」
お会計をしている時に、息子がぼくの財布を覗き込みながら、言った。
ぼくは息子をにらみつけた。くそ、仕方ないか、と思いながら、・・・。

つづく。



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