JINSEI STORIES
退屈日記「今夜にでも、カキのオイル煮を作りませんか? 美味しいよー」 Posted on 2021/05/20 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくは夕飯の買い物に出かけることにした。
カイザー髭が、
「港に行くと今日は漁師たちがとれたての魚を売るってるはずだよ」
と教えてくれたのだ。
こういう情報をくれるから、隣人は大事だ。
おせっかいで、奇妙で、マイペースな隣人たちだが、いつか、いろいろと慣れてくるだろうと、自分に言い聞かせながら、昼を過ぎていたけど、ぼくは急いで港へと出かけた。
なんと、港の一角に、この辺の漁師たちが自分たちの漁船を接岸し、その前で魚を並べて売っているらしい。こんなのパリでは、ありえない。
もう、ほとんど、売り切れていたけど、中には午後からやってきて店を開いている蟹屋さんもあり、おお、すげー。ぼくはカキと蟹を一杯買った。
カキは6個で3ユーロ(400円)という、さすがの田舎料金。蟹は一杯で600円?(信じられる? とれたてなのに)、笑いが止まらない。
日本でこんなにでかい蟹を一匹買ったらいくらするのだろう、とか思いながら、持って帰り、調理をした。
ぼくの家にはまだ家具が揃ってないけど、料理道具はすでに充実している。
ぼくの自慢の調理道具を紹介したい。
手長エビや蟹の甲羅や足や爪を砕く専用のはさみ、カキの殻をこじ開けるためのナイフ、そして、ついでにバターナイフ。バターナイフは趣味で集めているという変な人。(ぼくの夢はデザインストーリーズの路面店をパリ市内に出して、いつか父ちゃん作のバターナイフを売ること。えへへ。いつだよ)すべて、フランス製品。
で、今日は、カキは生で食べないで、美味しいゴマのバゲットを買ったので、それに載せて食べる、オイル煮を作る。簡単なので、マネしてもらいたい。
鍋にオリーブオイルをカキが浸るくらいまで注ぎ、砕いたニンニク一片、ローリエ一枚、生食用のカキを入れ、塩コショウもしちゃって、低温で10分くらい煮たら完成。
カキの香りがうつったオイルでぼくはパスタをつくったり、バゲットをつけて、食べるのだけど、ヤバうまである。
うますぎて、バゲットの上に載せたカキのオイル煮の写真を撮り忘れるという大失態をしでかした父ちゃんだった。えへへ。
夕陽が沈むのを見送りながら、ワインで蟹とカキを食べ、窓辺で、窓をあけて、ライブのためにギターの練習をした。
今回、スパニッシュっぽいアレンジの曲が多いのだ。
ぼくは最近、鉄弦を使わず、ナイロン弦ギターに持ち替えたから、これがじつに、優しく切なくて、いいんだよねー。
フラメンコギターを弾いていると、下の階から、オルガンの伴奏が・・・。で、出た。
カイザーさんだ。なんか、コードをあわせて、ソロとか弾いてる・・・ううう、俺が伴奏かい!!!
ま、ほっとこう。
徐々にあの二人にも慣れていくだろうから。
ともかく、ぼくはいまのところ愛されている。嫌われてないのは事実だからちょっと変な隣人とも、うまくやっていくのが大事だ。(そう、言い聞かせている)
気が付いたら、2時間くらい、フラメンコギターを演奏していたようだ。
見上げたら、正面の海の上に三日月が出ていた。おお、美しい。あまりに妖艶で美しい、大西洋の月である。
冷蔵庫から白ワインを持ってきて、ギターを弾きながら、月見酒となった。
そこで、一曲、モーリス・ラベルの「ボレロ」を弾くのだ。
この世界に届けるように、窓を開けっぱなしにして、弾いた。隣の建物まで離れているので、問題はない。この建物の住人たちはぼくのギターが好きみたいだから、22時半くらいまでは弾ける。カイザー髭とハウルは22時半ちょうどに寝るのだそうだ。これはSMSで教えてくれた。つまり、そこまではギターを弾いてもいいよ、ということだとぼくは理解している。
父ちゃんが演奏する「ボレロ」はこちら。一緒に飲みましょうか。
▶️https://youtu.be/VJl3jFR3eJw