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退屈日記「机が売れた! 今時のフランス個人間売買サイト初体験の巻」 Posted on 2021/05/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日、幽霊騒動でガタガタ震えていたら、メールにいい知らせが入り、怖いのを紛らわすために、夕食後、そのメールに掲載されていた見ず知らずの人の携帯に電話をすることになった。
「こんにちは、机の件で電話しました」
「ああ、どうも。いい机ですね。でも、ちょっとサイズ感が分からず。少し、聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ、ぼくも生まれて初めて、ル・ボンコワンを利用するので」
ル・ボンコワンとは、個人間売買のサイトのことで、2006年からフランスではじまり、こういうのが大好きなフランス人に支持されて、今や、誰もが利用する、そして信頼され続けている売買巨大サイトである。
個人間のモノの売買だけじゃなく、仕事の紹介、観光の紹介、車の売買などあり、いわゆる雑誌などのアナウンスコーナーの巨大版。
もともとはスウェーデンで1996年にはじまった、同じような個人間売買のサイトがフランスで根付き、広まったようだ。



実は新しい机を注文したので、古い机を処分したかった。しかし、捨てるにしても4階からおろして、どこかに捨てに行かないとならない。
こういうのに詳しいアラブ人の友人に相談をしたら、ムッシュ、バカだね、ル・ボンコワンに写真だせば、お金になるし、向こうが勝手に引き取りに来てくれるよ、と教えられた。
ええ? そんなこと、ぼくしたことないしー、とかまととぶったら、フランス人は個人売買は誰もがやっていて、いわば、文化なのだ、と笑われた。
アマチュアもプロもやっている。
サイトをみたら、ロールスロイスまで売られていた!!!

退屈日記「机が売れた! 今時のフランス個人間売買サイト初体験の巻」



「でも、サイトに書いたように、机の表面に熱いコップを置いたことで出来た痕が残っちゃってるけど・・・」
「あ、写真で確認したけど、問題ないよ」
「あとね、うち、エレベーターなしの4階なんだけど。一人じゃ下ろせないよ。結構でかいから。運ぶの二人は必要だよ。ぼくは手伝えないよ」
「それは大丈夫。ただ、サイズがうちに入るか、ちょっと悩んでる」
「ぜんぜん、ぼくははじめてだし、売れても売れなくてもいいんだ。無理しないで、ゆっくり決めてくれていいよ」
「ありがとう。ちょっと妻と相談してみる」
なんか、いい感じのムッシュだった。
そしてら、今朝、「一晩考えたけど、買わせてもらいます」とSMSが入った。マジか!



この机は渡仏後まもなく、デザイナー系の家具屋で一目ぼれして買った。
不思議な作りなのだけど、ぼくにはちょっと使い勝手が悪い。
風変りなので、家の中で、ずっと邪魔者扱いされてきた。かといって、地下室にしまうと、カビとかで傷みそうだから、・・・置き場に困っていた。
最近、大きな仕事机を特注で買ったので、それが届く前にこのスペースをあけたかったので、ちょうどいい話しになった。
他にも何人か、応募があったので、けっこう、これは便利なサイトである。
生まれてはじめての経験だから、彼らがとりにきて、本当に持っていくのか、最後までわからないけど、数百ユーロで買った机が70ユーロで売れた。
10ユーロでもよかったのだけど、アラブ人の友人が、バカだね、70くらいつけとけよ、と言うので、従った。ところが値段をつけたら、即売れた。
買う人がいるんだ、と思った。それだけ利用者が多いということであろう。

退屈日記「机が売れた! 今時のフランス個人間売買サイト初体験の巻」



フランス人はこの手の売り買いサイトが大好きで、一日中にらめっこしている人もいるらしい。プロの人たちもこれを利用している。
もしかしたら、ぼくの机を買う人も実はプロかもしれない。安く買って、修理をし、高く売るのかもしれない。でも、ぼくとしては、捨てる手間もかからず、しかも、お小遣いにもなるので、一挙両得なのであった。無駄のない暮らし、いいですねー。

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