JINSEI STORIES
退屈日記「相変わらず怪しい行動の息子、ぼくは大人の対応で」 Posted on 2021/05/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ここの館が怖いので、帰ろうと思ってはいるのだけど、どうしていいのか、わからない状態が続いているところに、息子から、
「いつ帰ってくるの?」
と一本の怪しいメッセージ。
普段、ぜんぜん連絡よこさないやつが、いきなり、しかも朝に・・・
しばらくがん見した父ちゃん。なんか、怪しい。
そうか4連休、おやじがいないか確認して、じょのか、と過ごす気だろうか?
「なんで?」
かまかけてみた。
「帰ってきてほしければ、とくに用事ないから、帰るけど」
とメッセージをした。既読。
既読、既読・・・しかし、返事がない。
ウーム、怪しすぎるじゃないの~。
朝ぶろに浸かっていると、雲間から陽が差してきた。
すると、またメッセージが飛び込んできた。
「いや、のんびりしてきていいよ。せっかくの4連休だしね」
あやしい。ぼくは風呂場の中で携帯をがん見した。
「いやー、べつにもうのんびりしたから、帰れるよ」
既読。返事なし。
ぼくは風呂からあがって、洗濯をした。洗濯して干しておくと、次に来るまでに乾いてる。衣服の一部はこちらに置いているので、荷物もなく移動が楽になった。
掃除機をかける。窓を開けて、田舎の空気を流す。
パリは大気汚染が東京以上に凄いので、空気のおいしさをしみじみと味わっている。
すると、チーン、とワッツアップにメッセージが!
「でも、ぼくなら、大丈夫だよ。仕事ないなら、ゆっくりしてきなよ」
これ、めっちゃ、怪しくないですかーーーーーーー
めっちゃ、怪しい。
普段「うん」しか言わないやつが、ここまで饒舌になるのはマジで、怪しい。
でも、とぼくは田舎の朝食を食べながら、思った。
でも、あの子も、あと半年で成人なんだから、好きに生きればいいんじゃないの?
たとえ、彼女さんと家で過ごしたからって、信じられる子じゃーん、と考え直した。
自分だって、17歳の頃、・・・え? ぼくはまだキスもしたことがなかったっけ?
そうだ、ぼくはうぶだった。童貞なくしたのも大学の2年だったか、3年の時だったし・・・衝撃の告白、笑、どうでもいいか・・・。
高校生の時は、まだ少年だった。彼女を家に招いたりできなかったよね?
しかし、と父ちゃんは洗濯ものを畳みながら思うのだった。
ここはフランス、アムールの国じゃないか。フランス生まれの息子は外見が日本人でも、中身は100%仏人なんだよ。おやじが自分の人生と比較してその子の未来を鋳型にはめちゃいかんな、と、神の声がきこえてきた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、もう少し、ここにいようかな。食べ物とかあるの?」
「あるよ。大丈夫」
「お金とか足りてるの?」
「足りてるよ」
「じゃあ、彼女がきたら、ジュースくらい出してやれよ」
しーん。返事なし。いひひ。
父ちゃんのほうが人生上手なのである。
マルシェで大量に買った行者ニンニクに花が咲いたので、そこだけ切って、小さなポットにいれて、壁に飾ってみた。初夏だ。こんな世界だけど、ここにももうすぐ夏がやってくる。コロナはまだまだ続くだろうけど、ぼくらは上手に渡り合っていかないとならない。
行者ニンニクの花って、こんなに白くて可愛いんだね。自然に癒されつつ・・・
息子を信じてやろう。えへへ。
つづく。たぶん。
父ちゃんからのお知らせ。
5月23日は文章教室やります。