JINSEI STORIES

滞仏日記「ぼくが考える、変異株から人類を守る最終手段」 Posted on 2021/05/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスでは12月末、英国由来の変異株が入り始めた頃、国民は覚悟していたというのに、大統領選を控えた政府は1月にロックダウンを断行出来なかった。
専門家たちはメディアを通して、3月に大変なことがおこるとマクロン政権を批判した。
結局、蓋を開けてみると、科学者や専門家の予言通り、3月、一日の感染者が6万人近くに膨れ上がり、しかも、ワクチン接種も思うように進まず、マクロン大統領はいら立ち、欧州の中で一人負けのような危険な状態に陥ってしまった。
変異株が猛威をふるいだし、慌てた政府はイースター連休あけ、4月頭から全土でのロックダウンに踏み切ることになる。
これは現在まで続いている。



同時に、英国がワクチンによってどん底から復活するのをの目の当たりにしたマクロン大統領は「ワクチン、ワクチン、ワクチン」と大号令をかけ、EUと連動し、一気にワクチン政策に舵を切ったのである。
つまり、ロックダウンとワクチン接種の二本柱でこの約一月間を集中的に締め上げたことで、一日の感染者6万人というどん底から、一月後の今日、5月7日、2万人にまで、三分の一ほど感染者数を激減させることに成功している。
ロックダウンとワクチン接種の二本立ての効果だとぼくは分析している。
今日までに老人介護施設に入っている人は99%の接種を終えており、70歳以上は69%、60歳以上は60%の接種をうけている。重症化すれば命にかかわっていた高齢の人たちを守ることが出来たことで死者数も減っている。
ワクチン接種作戦はさらに進行しており、3日後の5月10日から基礎疾患のない50歳以上の人がワクチンを打てるようになる。
さらに、12日から、毎日の余剰ワクチン(廃棄するしかない打ち残りのワクチン)を18歳以上の成人、希望する人に打つ、という新しい試みがはじまる。
ワクチンを一つも無駄にしないという新たな作戦である。



一年間、この厳しい状況を目撃してきたぼくの予想だが、このペースでロックダウンとワクチン接種が進めば、フランスが英国のようになるのは時間の問題じゃないか、と思う。
個人主義のフランス人だったが、彼らもここは頑張り時と判断をしたのか、政府の方針に従い、解放の夏を待ち続けているというところか。
相変わらずレストランは閉まっていて、厳しい状況下にあるが、ロックダウンなので政府の補償が商店やレストランには出されており、従業員は失業保険でカヴァーされ、不平不満は大きいけれど、最低限の状況はできている。
今日、日本の友人から、緊急事態宣言が5月末まで延長になるようで、みんなめちゃめちゃ暗いんだ、と連絡があった。
インド由来の変異株が日本で5人見つかった、というニュースも読んだ。



本当だったら、ぼくは今頃、日本のホテルで自主隔離中だったことになる。そして、緊急事態宣言が延長になったので、そのホテルの部屋でぼくは主催の中原氏から、オーチャードホールでのライブ中止の知らせを受けていた可能性がある。過去二回もコロナなどでライブを延期させられてきたぼくはホテルの部屋で、心を崩壊させていた可能性もある。

英国由来の変異株が猛威を振るいだした時、ぼくは、すぐに頭を切り替え、日本でのライブは難しいだろうと判断をし、セーヌ川クルーズ・オンラインライブへと舵を切った。
あの時の決断は正しかった、と今、断言することが出来る。
そして、この感染症は次のステップに入ったのだ。



インド由来の新たな変異株が発見されえいる。インドからの情報によるとこれまでの15倍の感染力があるのだとか・・・。
これも数か月前から科学者たちが予言していたことで、情報の通りに世の中は動いているのだから、各国政府はもっと自国の経験だけで判断をしないで、少なくとも幅広い科学者の意見にもっと耳を傾けるべきであろう。
日本では「日本人は重症化しない」という一方的な報道をし続けるメディアがあったけど、たしかに何かはあるのだろうが、しかし、それがずっと続くかどうかわからないし、何より、決めつける報道は無責任だと思っていた。
インド変異株は白人だけではなく、いずれ日本にも衝撃を与える可能性がある。すでに、・・・
そのためには、ロックダウンとワクチン接種の二重の防衛体制が効果的だと思う。
とくにワクチンだ。
昨日の「パリ最新情報」でお伝えした、「モデルナ社は秋以降の変異株の変異にあわせたワクチンの生産を予定(準備)している」という情報には光りを感じた。
先の先を見据える科学の力は心強い。
もちろん、ワクチンには血栓の問題など不安も多いが、日常を取り戻すために今人類に与えられた武器は、リスキーであっても、ワクチンしかないのが現実なのである。

滞仏日記「ぼくが考える、変異株から人類を守る最終手段」



自分流×帝京大学
地球カレッジ