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滞仏日記「やっと会えるね」 Posted on 2021/04/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、この「やっと会えるね」という謳い文句が今日、ぼくらを奮い立たせたのである。
どこかで聞いたことのあるキャッチコピーだが、笑、これを合言葉にしようと、ぼくらはパリ13区の船着き場で誓い合った。
「やっと会えるね作戦と名づけましょう」
と誰かが言った。
拍手がおこった。うん、1万キロの距離を超えて、みんなに会える。
実は、ぼくは今日のフランスと日本とをつなぐ回線チェックに呼ばれていなかった。けれど、じっとしていられるような男じゃないので、気が付いたら、船着き場に立っていたのである。えへへ。

滞仏日記「やっと会えるね」



滞仏日記「やっと会えるね」

小型船のアルチュール船長が乗船し「出発ー」と掛け声をかけた。
エンジンがかかり、船が動き出した。
「東京とつながりましたー」
「よーし、了解」
父ちゃん、すっかりお山の大将感満載になって、なんと、呼ばれてもいなかったのに、不意に出現して、舳先に立って陣頭指揮とっていたら、アルチュール船長に、
「ムッシュ、セーヌの中心に出るまでは座っていてくださーい。危険です」
とたしなめられてしまった。慌てて着席、かっちょわりー。

滞仏日記「やっと会えるね」



しかし、めっちゃ、興奮する。
この興奮する気持ち、わかりますか???
セーヌ川が目の前に広がっているのだ。こんなことって、あるんだろうか? 
海抜0メートルじゃなく、川抜ゼロメートルからの撮影!
しかも、緩やかとはいえ、ロックダウン中のパリで、ぼくらはついに行動に出たのである!!!

滞仏日記「やっと会えるね」



滞仏日記「やっと会えるね」

「すげーーー」
父ちゃん、思わず、大声が飛び出した。
一番年上なのに、一番、若々しい、大馬鹿野郎なのであった。えへへ。でも、今日は何を言われてもかまわない。だって、見てよ、この景色!!!

滞仏日記「やっと会えるね」



いきなり、前方にサンルイ島が出現し、その背後には、な、な、なんと、小さくだけど、ノートルダム寺院が見える。
ぼくら、「やっと会えるね」チーム内にさざ波のような興奮が広がっていくのだった。
「すげーーーー」
ああ、ストレスがぶっ飛んでいく。

ぼくはなんだか、変な気持ちがしたけれど、過去、台風やコロナ緊急事態宣言のせいで延期や中止が3回も続いたライブを待ち続けてくれたファンの方々に、ついに「やっと会えるね」出来るのがうれしい。
今日は、実際のコースを小型船に乗って、一周することになっている。
日本のスタジオで「ぴあ」の方々が待機しており、本当に、美しい画像が日本に送信できるのか、実現できているのか、をテストする日なのだ。
ここで大きな問題がなく、美しい画像と音が日本へ一万キロの距離を超えて飛ばすことが出来れば、「セーヌ川オンラインツアー&ライブ」は、ほぼ決定となる。
すでにセーヌ川を周遊するペニッシュ(遊覧船)は昨日、契約と支払いを済ませてしまった。後戻りが出来ない、ところでの回線チェックなのだ。
カメラマンの光ちゃんは、緊張のあまり昨夜は寝れなかったようだ。話しかけても、返事があいまいで、目が血走っていた。
緊張感ばかりが伝わってくる。大丈夫かな、しかし、後戻りできなーい!

滞仏日記「やっと会えるね」



「こんにちは、ぴあの高橋です」
「おなじく、山本です。ツジさん、よろしくお願いいたします」
その時、不意に、カメラの方から、ぴあの方々の声が弾けたのだった。
父ちゃんは、よろしく、と頼まれると、めっちゃ燃えるタイプ。お山の大将的なところがあり、弟の恒ちゃんはよく知っているのだけど、ぼくが小学生の頃は近所の子たちを集めて、号令をかけるのが好き好ぎて、誰にも呼ばれてないのに、いっつも、公園のジャングルジムの上で号令をかけまくっていたのだった。
「しゅっぱーーーつ!!」
えへへ。今も変わらない。
「これから、ベルシーを出発し、サンルイ島、ノートルダム寺院、を通過し、右手にルーブル美術館、左手にオルセー美術館、そして、エッフェル塔、自由の女神まで行って、戻ってくる2時間半のクルーズに出ます。皆さん、問題点がないか、チェックよろしくお願いします」
ぼくは大きな声を張り上げたのだった。

滞仏日記「やっと会えるね」



滞仏日記「やっと会えるね」

地球カレッジ

船がノートルダム寺院に差し掛かった頃、東京チームから興奮の掛け声と拍手が起こった。
なんだ?
スペースXが打ち上げに成功したか????
「凄い画像です。辻さん、めっちゃ綺麗ですよ。ああ、パリに飛んでいきたい!」
こう言ったのは高橋さんであった。
「素晴らしい。これは最高です!」
山本さんも叫んだ。
それを聞いていた配信責任者でカメラマンの光ちゃんからはじめて、今日、はじめての笑顔がこぼれたのだった。
「辻さん、だますわけじゃなかったんですが、出来る、とは言いましたが、本当にこのシステムで綺麗な画像を日本に届けられるか、実は今、この瞬間までとっても心配だったんです」
光ちゃんが泣きそうな顔で訴えた。
いいんだよ、いいんだよ。できないできない、とネガティブなことばかり言うより、ちょっとくらい大きなことを言うやつの方がぼくは好きだ。
実は、遡ること数日前、遊覧船モンテベローを下見に行った時、(その時、日記には書かなかったけれど)、電波の状態がかなりよくなかった。
ぼくが田舎のWi-Fiもないアパルトマンから電波を飛ばした時よりも、少ない電波速度だったのだ。
それが原因で、光ちゃんは眠れない夜を過ごしていたらしい。
「パリ市内は5Gが入ってるんですけど、セーヌ川の電波状況が分からなかった。船で中心まで出ないことには何とも言えない状況だったのです」という。
自信はあるけど、ダメだった場合、ぼくをがっかりさせる、と思って光ちゃんは苦しんでいたのだ。いい男じゃないか。・・・ところがである。
セーヌ川、電波が5本立っていた!!! ぼくも舳先で立っていた。
「ムッシュ、ムッシューーー、あまり突端で立たないでください。危険です」
えへへ、ごめんくさい。かっちょわりー。

滞仏日記「やっと会えるね」



ぼくは回線チェック用にギターを持ち込んでいたので、歌い続けた。
予定されている2時間半のクルーズツアー&ライブだが、オンラインツアーとバンド演奏の二部構成になることが決まった。
中心部の歴史的な名所が密集するところは、バイオリンの演奏付きのぼくのガイド、というシャレオツな演出になる。
名所が少ない場所で演奏をやろうということになった。
在仏20年弱の父ちゃんのガイドとバイオリンの生演奏、・・・ぐっときますよね。えへへ。

「すげーーーー」
ルーブル美術館だ!
オルセー美術館だ!
「すげーーーーー」
アレキサンダー橋だ!
「すげーーーーー」
エッフェル塔だ!
とにかく、言葉が続かない。あまりに美しい世界が続いた。
ぴあの皆さんも興奮していた。
「これ、実現したら、画期的なイベントになるんじゃないですか?」
「実現させます」
「みなさん、待っていてくれたし、待ってなかった方々も、見てほしいすね」
「実現させます」
「やっと会えますね」
「でた。実現させます。やっと会える。5月30日、セーヌ川で、みんなを待っている!!!」

つづく

自分流×帝京大学