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滞仏日記「ぼくが留守している間に、息子が好き勝手やらかすのを阻止する構えの巻」 Posted on 2021/04/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昼寝をしていたら、携帯がけたたましく鳴った。普段は出ないのだけど、寝ぼけていたので、出たら、ん? 聞き覚えのないジェントルマンの声。
「ボンジュール、ムッシュ、ツジ?」
「あーウイ、どちらさま」
「デュボアです」
「デュボア、どちらの?」
「あなたの下の階の」
「下の階??? 下はムッシュ・ティファンヌさんですけど・・・」
寝ぼけていたので、ベッドに座りなおした父ちゃん、・・・
「パリじゃないですよ。あなたが新しく買ったアパルトマンの方の・・・」
思わず、目が覚めた。田舎のアパルトマンの下の階のご夫婦だ。
「あ、どうされました?」
この番号、どうして知ってるの?
「水漏れが確認されました」
また~??? 心の中で叫んだ。パリだけじゃなく、田舎も水漏れ、どうなってんだよ、フランス!!!



「どの程度?」
「まだ、ポタ、ポタですけど、このままにしていると大変なことになりますが、これから来れます?」
ええええ? これからは無理だ。
「工事業者に行かせます」
「ジェロームでしょ? 前に一度番号交換していたから、今、家族に何か一大事があってイタリアに戻ってるらしいですよ。だから、ツジさんに直接かけました」
まじかぁぁぁ? と心の中で叫ぶ父ちゃん、・・・
「いや、今日は船を見に行かないとならないので、難しいんですが、明日とかなら」
「船?」
「あ、ええと、仕事でペニッシュを見に行く約束があり、明日、飛んでいきます!」
ということで、ぼくは明日の朝一で田舎まで行かなければならなくなってしまった。
ロックダウン中だけど、こういう緊急事態の場合などは問題なく行くことが出来る。
前回がガス漏れ、今回が水漏れ。
しかし、緊急事態しかないじゃないか、毎回、緊急事態で田舎に行くのは嫌だ、とため息がこぼれてしまった。



昼食の時、息子に、
「水漏れがあったみたいで、田舎に行かないとならなくなったのだけど、お前も来るか?」
と聞いた。
「いや、行かない。留守番しとく。何日間行くの?」
「行くなら片付けもあるし、三日ほどかな」
ということで、昼食後、ぼくは一社、セーヌ川の船会社が保有する200人乗りの大型遊覧船の下見に行った。
とってもいい船だったが、予算オーバーだったので、持ち帰ることになって、スーパーでパリに居残る息子の食料を買い込んでから、戻った。
すると息子がやってきて、
「明後日なんだけど、イヴァンをここに呼んでもいい?」
と言い出したのだ。

滞仏日記「ぼくが留守している間に、息子が好き勝手やらかすのを阻止する構えの巻」



滞仏日記「ぼくが留守している間に、息子が好き勝手やらかすのを阻止する構えの巻」

「イヴァン?」
「うん、一緒に勉強をするんだよ」
ぼくはじっと息子の目を覗き込んだ。
息子の目がちょっと泳いでいるような気がする。
「イヴァンも昨日、PCR検査やって陰性だったから、問題ないよ。ぼくも陰性だったから、イヴァンの親も一緒に勉強するの許可した」
実は、ぼくのママ友、パパ友のグループにイヴァンのご両親は入ってない。
だから、確認をしたいけど、出来ないのだ。
それをいいことに、恋人をここに呼ぶのじゃないか、とぼくははっきりと邪推をした。
息子の目をじっと覗き込んだ。邪推した。
息子が、口笛を吹きだした。邪推した。
なんで、口笛なんだ??? 怪しい。邪推した。
「イヴァン、珍しいな。最近、あまり遊んでなかったじゃないか」
「うん、でも、今は暇だから、一緒に勉強した方が捗るよね? 彼も弁護士目指しているから、道は一緒」
「なるほど」
怪しい。そこで、カマかけてみることにした。



「恋人が来るんだろ?」
息子は明後日の方向を見ながら、来ないよ、10キロ以上の移動禁止、と言った。
「いいか、監視カメラがあるからね、嘘ついたらバレるよ」
ぼくは本棚の上に、手作りで台座をこしらえ、泥棒避けに設置しておいた監視カメラを振り返って、言った。
「パパ、あの監視カメラ、使い方わかってないでしょ? ちょっと触ってみたけど、接続されてないみたいだね」
と驚くべき返答・・・。み、見破られている。邪推した。
実は、60ユーロも出して買ったはいいが、アプリこそ入ったものの、起動しない。中国語の取説の意味も不明。ライトもつかないし、携帯で画像のチェックも出来ない。でも、何で知ってるんだろ?
「どうやら、あれは不良品みたいだね」
「調べたの?」
「うん、興味あったから、弄ってみたけど、反応してないの確かだった」
というか、息子が動かなくさせたとは考えられないだろうか? 邪推した。
パソコンとか直しちゃう技術がある。ぼくにはそういう技術がない。これは敵わないな、と思った。くっそー。邪推だぁ。

滞仏日記「ぼくが留守している間に、息子が好き勝手やらかすのを阻止する構えの巻」



「あのね、恋人を呼ぶのはダメだかんね」
「何言ってんの?イヴァンと勉強をするんだよ。自分の息子を信用できないの?」
ううう、怪しい。邪推した。
「信用しないわけじゃないけど、パパには責任があるからね。OK、じゃあ、明後日、電話をする。一度、イヴァンに代わってくれ」
思いがけず、名案だった。
「え? 何を話す気?」
「別に、挨拶だよ。来るなら、ヘローってしたいし、いいだろ? 挨拶だもん」
「だもんって、・・・。そんなの、必要ないし、親が出てくるとみんな嫌がる。フランスには、そんな親いないよ。電話してくる必要ないでしょ? やめてよ、恥ずかしいから」
「じゃあ、代らなくてもいいから、スピーカーホンにしてくれたら、やあ、イヴァン、元気かい? っと言うだけにしとく。イヴァンの声きいたら、安心だし」
「えええ、おかしいよ。何が安心なの? そんなの、変じゃない? ダサいよ」
「何で、うろたえてるの? 君、そわそわ、おかしいけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。普通じゃん」
「じゃあ、明後日、午前中と午後と2回、電話するからな。いひひ」
口笛を吹いていた息子は唇を真一文字に結びなおし、鬼の形相で自分の部屋へと戻っていった。邪推した。
ぼくは負けない、と思った。

滞仏日記「ぼくが留守している間に、息子が好き勝手やらかすのを阻止する構えの巻」



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