JINSEI STORIES
退屈日記「ライブが中止と決まった日にも、ライブに向けて走った父ちゃんの巻」 Posted on 2021/04/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ライブ中止決定の知らせがあった日、ぼくはいつも通り、ライブに向けてジャージに着替えて家を出た。
悲しいとか、辛いとか、悔しいという感情に負けたくなかった。
2019年10月、オーチャードホールのライブの前日に、台風直撃を受けて、コンサートが延期になった。ぼくはちょうどその時、明日のライブの準備をしていたのだけど、電話を切ったあと、涙が出てきて、ギターをケースにしまった。
去年、2020年5月のライブもコロナで中止の連絡が主催者の中原氏ことちゅーちゃんから受け、ぼくはロックダウン中のパリにいたので、仕方ないな、と思いつつ、練習をやめて、ギターをケースにしまった。
でも、今回は違った。ぼくはいつも通り、ジャージに着替えて、そのまま、パリ市内を一周したのだ。ギターはスタンドの上で立っている。なぜか。
レストランがもう一年もあかないのに、ずっと店を掃除し続けているオーナーのジャン・フランソワから学んだのだ。
ロックダウンになっても、自分の愛する店にやって来て、店の空気の入れ替えを続けていた。この一年、彼はずっと店にやってきた。みんなが閉店しているのに、である。
「ジャン・フランソワ、なんで、毎日、店をあけるんだい?」
こうぼくが訊くと、彼は、小さく微笑んで、
「ぼくは世界が崩壊するとしても、ここに来て、開店の準備をする。それがぼくの仕事だからだ」
とこたえたのだけど、素晴らしい、と思った。
だから、中止が決定した時、今回は悲しむのじゃなく、今日から次に向かおう、と思っていつも通りスニーカーを履いて出かけたのである。
むしろ、いつもより、少し遠くまで走った。
エッフェル塔の袂まで走り、エッフェルさんを見上げ、絶対負けないことにしました、と報告をした。
ジャン・フランソワのカフェは、昼間だけお弁当を出すようになった。彼はいつも笑顔だ。そして、そこに大勢の客が集まってくる。
閉めているだけの店じゃない、彼が毎日店をあけていたことをこの街のみんなは見ていた。だから、大勢が集まってくるのだ。
素晴らしいじゃないか。
今日もこれからぼくは走るつもりでいる。いつになるか、分からないけど、三回も延期や中止に見舞われたぼくだけど、希望を捨てるかどうかは、ぼく次第なのである。
それは他でもない、ぼくの人生なのだ。
希望をなくしてどうするんだ、とぼくはぼくに言い、ぼくのために走ることにした。応援してくださる人がいるのだから、走る。
今日も走る。そして、公演が中止になって落ち込んでいる方々の期待に応えたいから、走る。歌う。
ぼくはコロナにも絶対罹らないし、生きて来年日本に戻りオーチャードホールのステージの中央、マイクの前でゆっくりと進み出て、一曲目を歌うだろう。
イメージが出来てる。堂々と歌うつもりだ。
人間は諦めた時に人生が終わる、とぼくは思って生きている。諦める必要などあるだろうか?
ぼくは死ぬ、最期の瞬間まで前進をしたい。そこに目標があるのに、ぐずぐずしていられない。
※、お知らせ。5月30日に予定していた辻仁成、オーチャードホールでのライブが新型コロナの世界的感染拡大により中止が決定しました。詳細並びに払い戻しのお手続きについては、4/12(月)AM10:00(日本時間)より、チケットをお求め頂いた各PG、ホットスタッフホームページ等で詳しく発表となります。チケットをお持ちの皆様、ご確認ください。