JINSEI STORIES

滞仏日記「お前にはハングリー精神が足りないと息子を叱った父ちゃんの巻」 Posted on 2021/04/06 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「お前にはハングリー精神が足りないと息子を叱った父ちゃんの巻」

某月某日、ジェロジェロは都合が悪くなると連絡してこない。
ライブを仕切っている中ちゃんこと中原さんも、他、数名、ぼくの周りにはちょっと返答に困ると、ぼくの強引さから逃げるように、雲隠れする連中が多い。
「ぼくは月曜日の13時にはパリに帰らないとならない、でも、君はまだ工事が終わってない。ジェロ、どうするんだ? これじゃあ、お金は払えないぞ」
とメールをした。(もちろん、もっともっと優しい表現で。えへへ) 
しかし、今現在、連絡は戻ってこない。
今日は朝九時からダビッドやビクトールなどが最終工事をする予定だったが、結局、来なかった。
ぼくは仕方ないから、もう一泊することになりそうだ、と息子にメッセージを送った。すると、えー、と返事が戻ってきた。

滞仏日記「お前にはハングリー精神が足りないと息子を叱った父ちゃんの巻」



長い付き合いなので、この「えー」に込められた気持ちがわかる。
たぶん、まともなものを食べてないのである。
5日も家をあけたので、しかもロックダウンだし、心細いということもあるだろう。
あてにならないジェロジェロを待つより、我が子の心配が先だ。
ぼくはパリに帰ることにした。「ムッシュ、来る時に小切手を持ってきて、支払いを」と催促していたジェロジェロの意見に従わず、よかった。
ぼくは都合が悪くなると連絡をしてこない人に特に厳しいのである。マジです。



帰りの車の中で聞いたラジオで、長引くコロナ禍でフランス政府の資金が底をつきつつあるのじゃないか、とゲストコメンテーターが推測していたが、これはフランスだけじゃなく、欧州各国にあてはまることじゃないか、と思う。
このところ、パリが疲れ果てている。ぼくも、疲れている。
だから、パリに入ったら、息子に電話をし、荷物あげるの手伝って、と頼んでおいた。家の前に車をとめると、玄関から顔を出して、微笑んでいるやつがいた。息子だ。
微笑む? 
寂しかったのかな?



二人で荷物をあげると、玄関口で、
「パパ、今日のぼくのランチなんだったかわかる? 残ったニョッキ、残ったナゲット、残ったコルドンブルー。炭水化物ばっかだ。野菜をもう5日間も食べてない」
と笑いながら言った。
嘘だ。冷蔵庫にバタビア(葉っぱ)もあれば、キャベツもネギもトマトも入れておいた。
ま、いいか。父ちゃんの手料理が食べたいのだろう。
「あ、そうだ。パソコンが壊れた。埃が入って動きが悪いんだけど」
と息子がぼくの背中に向けて、発した。矢が刺さるような感じがした。
「だから?」
ぼくは振り返りながら、低い声で言った。
「ないと、音楽出来ないし、仲間と繋がれない」
「ちょっと待て。買ったばかりじゃん。一年半しか経ってない。しかも、君がどうしても壊れにくいフィックスのパソコンにしたいというから、君のリクエスト通り、デカイのを買った」
うん。不意に息子の顔色が曇った。



「部屋の掃除をしろ、とあれほど口酸っぱく言ったのにやらないから、床に置いてるPCに埃が入ったんだ」
「たぶん」
「じゃあ、どうする? 言っとくがコロナだし、買い替えるお金はない」
「・・・」
「自分でソリューションを考えろ」
「でも、困ってるんだ。仲間たちとの共同作業が出来ない」
そこでぼくは自分の小さな頃のことを語って聞かせた。
「パパは小さい頃に、父さんにエレキギターを買って貰ったことがある。それが壊れた時、パパは自分で直した。なぜだと思う? うちの父さんに直せるわけがないからだ。プロになったばかりの時、事務所の社長に「ギターを買うお金がない」と直談判に言ったら、その人はパパに、王選手は自分のバットは自分で買う、と訳の分からないことを言った。でも、それは一理ある。王選手はホームラン王になって、バットを貰えるようになったかもしれない。しかし、最初は自分で買ってたんだ。わかるか?」
「おうせんしゅ? だれ?」
「うるさい。自分で直せない時、パパは自分のお金で新しいのを買った。つねに、危機管理が大事なんだよ。そのためにお年玉やお小遣いを貯めていた。君は、なんでもパパに言えば新しいのを買って貰えると思ってる。そういう坊ちゃん精神で生きていけるのか? まず自分でソリューションを探せ。君は「フィックスのパソコンは、壊れたら部品を変えればいいから、最終的にお得なんだ」って言ってたろ。よく覚えてるぞ。なのに、ちょっと調子悪いだけで、もうパパに泣きつくのか? 悪いが、絶対に買い替えない。苦しいなら解決策を自分で探せ。仲間たちに相談してみろ。来年、君は成人になる。いつまでもパパがいると思うな。野菜は冷蔵庫に入れておいた。調理すれば食べることが出来たはずだ。食べられない世界もあるんだ。甘えるな! 王選手を見習え」



ぼくはちっとも怒り過ぎたとは思ってない。
むしろ、いつも親が買ってくれるから、と思っているとしたら、それは大間違いだ。
そして、そういう子に育てたぼくにも責任がある。
しかし、この厳しさはいずれ彼を救うことになるだろう。
今は怖い顔で腕組みをして見守るつもりだ。星一徹になる。
「ほしいってつ?」
「そうだ、巨人の星だ。そうやって日本人はハングリー精神を学んだ。君は生ぬるい。ウイリアムも、アレクサンドルも、アントワンヌも、みんな、君の仲間たちは甘ちゃん過ぎる。ライオンの親は子を崖から突き落とすんだ。ジャングル大帝レオを知ってるか?」
「れお・・・」
「うるさい。とにかく、今のお前に足りないのは、自力で這い上がるハングリー精神なんだ。ともかく、今日はたっぷり野菜を食わせてやる。夕飯は野菜たっぱりの回鍋肉(ホイコーロー)飯だ! それでパワーを出せ!」

滞仏日記「お前にはハングリー精神が足りないと息子を叱った父ちゃんの巻」



自分流×帝京大学
地球カレッジ

滞仏日記「お前にはハングリー精神が足りないと息子を叱った父ちゃんの巻」