JINSEI STORIES
滞仏日記「ごめん、今日は料理出来ない。お惣菜屋にかけこんだ父ちゃんの巻」 Posted on 2021/03/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、体調は戻ったのだけど、どうも今一つ世界が煮え切らないので、こちらもやる気が出てこない。笑。
人のせいには出来ないが、頑張っても頑張っても明るい兆しが遠のくばかりの昨今、こちらもちょっと力を抜いてやらなければ身が持たない。
それで材料はいろいろと買い揃えていたのだけどごはんを作るのをやめて最近見つけたイタリア惣菜店で出来あいを買って済ませちゃおう、ということになった。
なんだろう、そう思ったら、気が楽になるというのか、気持ちが軽くなった。このくらい別に許されることだろう。
最近、見つけたイタリア食材店まで車で5分、歩いて15分という距離だが、お気に入りのエコバックをポケットに突っ込んで、天気もいいので気分転換に歩くことにした。
途中でピエールと会った。
「娘を迎えに行くんだ。今週末までぼくの担当だから。ツジはどこ行くの?」
ぼくはそこの店の名前を告げた。知ってる?
「ああ、そこ、美味いよね」
フランス人は、美味しいを表現する時、親指と人差し指の先をくっつけ、それを自分の唇に持っていき、キスみたいなことをして、たまらん、という顔をする。
(>_<)/
こんな感じだけど、この顔がマジ、父ちゃんは好き。
ピエールと別れてまもなくするとパン屋のヴェロニクと会った。
家事に疲れて、今日はイタリアンにするんだ、と店の名前を言ったらヴェロニクも知っていた。
「ムッシュ、だったら、今の季節はズッキーニの花の天ぷらが売ってるからおすすめよ」
ヴェロニクも親指と人差し指の先っっちょを唇に持ってきて、ちゅっと(^_-)-☆やった。おお、ヴェロニク、ナイス、可愛い。
ぼくはルンルンしてきた。小躍りで走っていると、前から街の哲学者アドリアンがやってきたので、先に親指と人差し指の先をくっつけて、チュッとやっといた。
「ひとなりさーん、どこいくの?」
日本語で来た。さすが、街の哲学者である。
横に同棲している弁護士のカロリーヌさんが寄り添っている。
夫婦みたいな関係だけど、付き合ってるとは絶対に言わない。ルームメイトと言い張る。
でも、夫婦にしか見えない。
ぼくはイタリア食材店の名前を告げて、今日は料理をせず、お惣菜で済ませる、と宣言をしたら、アドリアンが、ぼくの母はイタリア人だからね、と言った。
「その店はパニーニが行列出来るけど、じつは、自家製のサラミが最高なんだ。
なんと、ウイキョウの味を移している。あれは食べた方がいい」
アドリアンが親指と人差し指でチュッとやった。
(^^)♪chu/
おお、気分が上がってきた。
ちゅちゅちゅっと足が浮き上がる。
昼だと行列ができるので、ぼくはサンドイッチが並ぶ11時を目指した。
それでも数名の客がすでにパニーニを買うために並んでいる。
お惣菜を買う人は並ばなくていいのを知っているので、行列を潜り抜け、店内に忍び込んだ。
仲良しのアントニオがぼくを見つけ、ぼんじょーーーるのー、と大きな声を張り上げた。
ぼんじょるの!!!
まだ3回目なのに、すでに店中の人に覚えられている。
イタリア人の前では片言でもイタリア語、もちろん、知っている単語を連発して喋るから、すでに3回目にして「常連」扱い。
「ボンジョールノ。コメスターイ。(元気?)」
ちゃんと、ボンジョールノのルのところはゥルルとイタリア語風に巻き舌にする。
「ベーネ、グラッツィエ! (いいよ、ありがと)」
てな、具合だけど、自分が敵じゃないことは十分に伝わる。だから、父ちゃん、どこの国でも一度も差別を受けたことがない。自慢。あはは。
「何にします?」
「ええと、トリュフとモッツアレラのパニーニ、それから黒米のサラダ、カップレーゼ、ええと、ええと」
「ムッシュは前回、シェーブル・スペック(羊のチーズの生ハム巻き)がうまいって言ってましたよ」
「ああ、グラッツェ。それ! ほかに何かおすすめある?」
「今だったら、ズッキーニの花のフリットかな」
「ああ、それ!!!」
「デザートは?」
「ティラミス!!!」
「イル・コント・プレファボーレ!(お会計してね)」
「シー」
とレジで財布からカードを取り出していると、アントニオが何か紙に包まれたものを差し出してきた。
「これ、サーヴィスです」
「え? なに?」
「うちの自家製サラミで、ウイキョウ(フヌイユ)の香りを移したものなんですけど、まだ食べてないですよね。よかったらどうぞ」
「マジか。(忘れてた。これ、アドリアンにすすめられたやつ) あ、いや、買おうと思ったんだ。買うよ」
「ノーノーノー。店からのプレゼントです」
顔を上げると、店員さんたちがこっちをみて、シーシーシー、と頷いていた。
どこの店も、なぜか、みんなぼくにものをくれるのだ。マジ、得な男である。
「オオオ、グラッツェ・ミーレ。ペペロンチーノ、マルガリータ、アルデンテ、スパゲッティ・ポモドーロ、アリベデルチーーーーーーーーーーー(さようなら)」
全員が笑顔になる。日伊友好万歳なのだ。イタリア大好き。
「アリベデルチー」
「アリベデルチー」
ということで、気分よく家に帰り、お惣菜を少しずつお皿に盛りつけるのがまた楽しいんだよね。自分が作ったご飯が一番だけど、疲れた時はやっぱりプロの味に限る。
「ごはんだよーーーー」
息子を呼んだ。遠くから、
「はーーーーーーーーーい」
と野太い声が戻ってくる。ボナペティ―ト!
コロナのバカ野郎が消え失せたら、真っ先にイタリアに行ってやる!!!