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滞仏日記「いつになく強烈に不機嫌な息子に怯える父ちゃんの巻」 Posted on 2021/03/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝、9時半に息子からメッセージが携帯に飛び込んできた。
「行ってきます」
え? いつのまに?
慌てて、子供部屋を覗きに行くともぬけの殻であった。
「ランチいらないのね?」
「コロナ、気を付けてくれよ」
とメッセージを送り返したが返事はない。
昨日も、朝早く出かけ、夜間外出禁止になる18時直前に戻ってきた。きっと、今日もそのパターンであろう。
この夜間外出禁止令には、17歳の息子を持つ親として、こっそりと、感謝を述べたい。
夜間外出禁止令が出ていなければ、息子は夜遅くに帰ってくる可能性がある。
逆に朝が早いのは彼女と日中長く一緒にいたいからなのだ。
9時に家を出て、18時まで9時間も寒空のもとをうろちょろしていることになる。
今日の朝の気温はマイナス1度だったので、よくやるわ、である。

滞仏日記「いつになく強烈に不機嫌な息子に怯える父ちゃんの巻」



しかし、カフェもデパートもどこも開いてないのに、いったい、9時間もどこをほっつき歩いているというのだろう。
昨日はセーヌ河畔に若者が集まり過ぎ、警察が出動、一斉排除となった。
今日も当然立ち入り出来ないはずだから、若者たちの行き場所がさらに制限されているはずだ。
フランスの中ほどにあるリオン市では連日、警察と若者が激突しており、燃やされた何台もの車の映像がテレビ画面に映っていた。
パリ周辺の若者たちも殺気立っている。若者同士の抗争で青少年の命が奪われている。
直接、コロナは関係ないけれど、外に出れば警察に補導される、エネルギーを持て余した若者たち。やり場がない怒りがあらぬ方へと向かっているのが気になる。
そこにアジア系の息子が巻き込まれないとも限らない。
可愛い女の子を連れて歩いているので、親としては、心配が尽きない。



18時に息子が戻ってきたが、う、なんか不機嫌だ。
「おかえり」と言っても、返事なし、大魔神のような仏頂面である。
この子はわかりやすい。昨日は明るく元気だったので、彼女と幸せだったに違いない。今日は相当ピリピリしているので、各方面に気を遣ったのだろうか?
戻ってきた息子、手洗いをして部屋に入ったが、まもなく、部屋から誰かと揉めている声が聞こえてきた。
普段、聞かないような声音なので、覗きに行くと、
「なんでもないよ。ちょっとあっちに行ってて」
と追い出された。ついでにバタンとドアを閉められてしまったじゃないか。怖、…。
やれやれ、ぼくの出る幕はない。大人しく、夕飯の準備でもするか。
今日は、寒かったので、不意に、方南町駅入り口にあった立ち食いそば屋さんの「肉入りコロッケうどん」を思い出してしまった。35年前のぼくの栄養源であった。
ここは注文してから天ぷらを揚げるのだけど、立ち食いとは思えないレベルの高さだった。今もあるのだろうか?



滞仏日記「いつになく強烈に不機嫌な息子に怯える父ちゃんの巻」

※ コロッケはおおめに揚げて、明日の昼にはオーブンでカリカリに温め、コロッケサンドにするのだ。えへへ。生活の知恵なのであーる。

地球カレッジ

滞仏日記「いつになく強烈に不機嫌な息子に怯える父ちゃんの巻」

これが普通の肉うどんなり。

滞仏日記「いつになく強烈に不機嫌な息子に怯える父ちゃんの巻」

で、揚げたてコロッケを載せると、肉入りコロッケうどんになるのだ。これが実に美味いのであーる。



そして、夕食の時間、仏頂面な息子の顔色を促いながら、ぼくは聞いたのである。
「今日はどうだった?」
これはぼくら父子の合言葉みたいなもので、遠回しに息子の精神状態を調査する時に使う。とくに何もない時は、「うん、よかったよ」という返事だし、何かある時は、ちょっと考え、ぼそぼそと出来事を語り出す。実に都合のいいクエッションなのだ。
「今日はどうだったの? なんかあったか?」
「・・・」
黙ってる。二度言ったので、睨まれた。深入りしてはならない。くわばらくわばら。
「あのね、今日はコロッケ肉入りうどんなんだけど、食べ方、教えたる。いいかい? コロッケと肉入りうどんは別々で食べてもいいけどね、この揚げたてコロッケをうどんつゆにちょっとつけながら食べると、これがうまいんだ。パン粉の部分がちょっとふにゃっとなって、ほら、ほら、わかる? 天かすみたいになる。揚げたてだから出来るうどん技なんだよ、あっはっはっは、美味そうだろー」
しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
仏頂面が、いっそう、怖い顔つきになった。怖、…。
「あ、いや、別に真似て食べることはない。フランス生まれの君にはちょっと無理な食べ方だったからもしれない。でも、パパが売れないバンドマンだった時代、この肉入りコロッケうどんに何度救われたことか。なんたって、揚げたてだし、温まったし、美味いし、最高なんだよね。喰ってみんか!」
しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
怖、これはあかん。くわばらくわばら。

仕方ないので、黙って食べることにした。昨日は「パパのためにワクチンの状況を調べてあげるね」とか優しかったのに、この落差は一体何だろう。
触らぬ神に祟りなし、である。ほっとこっと。
なにげなく、様子を見ていたら、息子君、コロッケを一つ箸でつまんで、ありゃ、うどんの出汁に浸してから口の中へと、放り込んだ。
やった。ぼくが微笑んでいると、目が合った。
「なに?」
「いやいやなんでもありません。でも、美味いだろ」
しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
げげげ、怖い。くわばらくわばら。

とりあえず、食べ終わるのを待ってから、もう一度だけ、
「今日はどうだったの? どこ行ってた? セーヌ川沿いは警察がブロックしてたから、行き場がなかったんじゃないかって、パパは心配してたんだよ~」
と訊いてみた。
「スケボーしてた」
おお、返事が戻ってきた。脈、あり。
「そうか、よかったじゃん。どこでやってきたの?」
当たり障りなく、聞いてみる。
「そこらへん」
「そうか、そこらへんか。そこらへんって広いねぇ。公園とかかな?」
「どこでもできる」
仏頂面のまま、ぼそぼそと返事が戻ってくるけど、会話には繋がらない。しかも、吐き出すため息と一緒の返事みたいで、どこか投げやりで、めっちゃ怖い。
今日はこれ以上、根掘り葉掘り聞くのはやめておこうかな。えへへ。
「ま、勉強もしろよ。大学受験なんだから」
しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
やれやれ。
パパだって、一生懸命生きてるし、不愉快なこと言ってくる人も結構いるんだけどね…。
喉まで出かかった不満は、父親らしく、飲み込むことにした。
息子が立ち上がり、食器を掴んだ。
「ご馳走さまでした」
「はい、お粗末様でした」
息子大魔神はどすんどすんと歩き出し、お皿を片付けにキッチンへと消えた。
くわばらくわばら。

つづく。←つづくんかい!

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