JINSEI STORIES
滞仏日記「ついに、ぼくは自分の限界を悟って、もう、おじいちゃんであることを…」 Posted on 2021/03/07 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、日本政府の水際対策が今月5日から厳しくなった。
これまでは、入国の際にPCR検査をして、陰性であれば、二週間の自主隔離を行うというものだったが、今月から、まず日本に入国する72時間前にPCR検査を受け、陰性の証明書を持たないと日本行き飛行機に搭乗出来ないことになった。
その上で、日本の到着空港でPCR検査をして、陰性だった場合、国が指定するホテルに三日間強制隔離され(誰とも会えない。完全隔離らしい)、三日後にPCR検査を受けてさらに陰性だったら、そこから自主隔離を行い、入国から二週間後に外出が許可されるという流れのようだ。
フランスに戻った友人から、フランスでも一週間の自主隔離が始まったことを聞かされた(内容はまだわからない。調査中である)ので、全世界的に移動が難しくなってきた。
ぼくが仕事などで日本に戻る場合は、フランスを出る時、日本に入る時、その三日後の隔離施設を出る時の3回、PCR検査をやることになる。
また自主隔離中も追跡調査が毎日、行われるということで、ようやく、本格的に日本政府が水際対策に乗り出したことになった。
変異株対策だろうが、もうちょっと早くやっていたらなぁ、…。あとは、この日本に入る前の出発地でのPCR検査が出来る国となかなか難しい国とに分かれるだろうから、そこをどうやって厳格化していくか、であろう。
今日、ランチの後(今日はチキンピカタを作った)、テレビを見ていたら、おじいちゃんがアストラゼネカのワクチンを打った後で、インタビューに応えていた。ふむふむと思って、息子と並んでテレビを見ていたら、
「パパ、うわ、やばい」
と息子が騒ぎ出した。
「どうした?」
「この、おじいちゃんの年齢、ほら、61歳って書いてある」
「ええええ? マジか? どこ?」
白髪で、しかも頭髪も薄く、皺も多く、頬が弛み、目の下のクマもひどく、誰がどうでみてもお孫さんがいる感じのおじいちゃんにしか見えないのだけど、ぼ、僕と同じ歳だった。
息子が、笑いだし、
「パパ、よかったね」
とほざいた。かっちーーーん。
「何が?」
ぼくはショックで今にも倒れそうだというのに、よかったね、とは何事か!
「だって、アストラゼネカなら、打てるってことじゃない?」
と言った。
「え? あ、マジか?」
「そうだよ。パパは前期高齢者のグループに入っているから、もうそろそろ打てるはずだ。ファイザーのワクチンは75歳以上しか打てないけど…。アストラゼネカなら、打てる。調べてみようか。待って、調べる。でも、打てるなら、打っとくと安心できるでしょ?」
ぼくは息子の目を覗き込んだ。安心? …たしかに。ぼんやり~、…。
でも、テレビの中でちょっと腰の曲がったおじいさんみたいな方が病院の廊下を歩いて行く映像をみながら…、ううう。
自分が受けているショックの方が大きくて、思考が停止ているのも事実であった。
「ネットニュースに書いてあったけど、最近、高齢者の人の重症化率が減ったんだよ」
「なんで?」
「ワクチンのせいで」
「マジか?」
「介護施設に入っている高齢者の人たちのうち、80%がすでにワクチンを接種済みなんだ。75歳以上の高齢者の人たちも毎日、20万人程度のペースで打ってるから、重症化する高齢者がかなり減ってる。ワクチンへの不安はあるけど、ワクチンの成果が出てきているのも事実で。今、ちょっと調べたら、パパの年齢だと順番次第で、4月くらいには打てるみたいだよ。ジョンソンエンドジョンソンのワクチンなら一回の接種でいいみたいだし」
「…マジか」
「いろいろとあるだろうけど、9月までには全国民の接種が終わるみたいだし、フランスはそこらへんから、持ち直すような光りがさしてきた」
「そんなにうまくいくかな」
「さぁ、…。でも、ワクチンが有効であることには間違いないから、パパが中期高齢者になるまでにはコロナをある程度、制御できて、終息させられているんじゃないかな」
廊下をよちよちと歩く、白髪のおじいちゃんの後ろ姿を思い出してしまった。
いやだ、おじいちゃんって呼ばれたくない。でも、ある意味、もうおじいちゃんの年齢なのだ、ぼくは、ぐぐぐ…。
もう、終わりだ、と落ち込んでいたら、息子が、どうしたの、と言った。
「パパはワクチンを打つ」
「うん。早く打とう。ワクチン接種済の欧州健康パスポートを持った一番最初の日本人になったらいいよ。日本に戻る時だって、安心じゃない」
ぼくは息子の肩を叩いて、立ち上がり、自分の部屋へと向かった。心なしか、足がよちよちな感じになっている。
壁にぶら下がる鏡を覗き込んだら、ぼくの顔がめっちゃ老けていて、思わず、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、と叫んでしまった。
「どうしたの?」
息子が走ってきた。
「し、し、し、白髪が出てるーーーーーーーーーーーーー」
「どこ?」
「こ、ここ、ほら、これ、白髪だぁぁ」
「わ、ほんとうだ。今まで白髪なかったのに、60の壁を越えた途端に! パパ、やば」
「ぎゃああああああああああ。終わりだぁ。青春の末期じゃああああああ」
息子が笑っていた。
息子に写真を撮ってもらった。
表面は黒いのだけど、根本に十数本ばかり、白いのが出ていた。フランスの病院の同年齢の白髪のおじいちゃんみたいな方の顔を思い出してしまった…。
皆さん、今日まで、応援ありがとうございました。しゅん。
つづく。
「ほーらね、そっくりな猿が君を指さしてる~、愛をください~、うおううおう~♪ 愛をください~、ZOO♪ ZOO…」