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滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」 Posted on 2021/03/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここ最近、なんか引き籠り傾向が強く、何もなければ家から出たくない。
というのかそもそも引き籠りなのだ、昔から…。
おうちが一番好きなので、出ないでと言われたら永遠に家の中で過ごせるタイプなのである。
なので、コロナ禍とかロックダウンとかテレワークとか負け惜しみじゃなく、結構、平気だったりする。で、朗報がある。最近、よく眠れるのだ。
田舎生活が決定してから、導眠剤を飲まないでも、夜になるとちゃんと眠れるようになった。おかげで脳の調子もいい。
今日はマドレーヌのルロア・メルランまでキッチンのシンク(仏語でエビエ)を買いに行った。実はこれがとりあえず新居最後の買い物になる。
すでに、キッチン周りの素材や電気製品もほぼすべて買いそろえていた。
ベッドや小型暖炉や風呂桶やトイレなどもすでに新しい家に届けられている。
結構、お金を使ったけど、シンクが最後なので、気分も軽やかなのであった。

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」



ネットなどで電化製品や素材を選んで、新しいアパルトマンか内装屋のジェロジェロの家に送る。
もしくはIKEAなどにジェロジェロが取りに行く。
日本だとシステムキッチンなんだってね、知り合いの内装業者の娘さんが言ってた。
結構、高いと聞いたことがあるけど、こっちは、一つ一つを定価で買い、組み立てていく感じなので、安くはないけど、ま、選ぶのは自分だから、頑張れば予算がおさえられる。
地道な作業だけど、ポイントがたまったので、今日は10ユーロ引きとなった。笑。

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」



キッチン台はアカシアの板で作り、扉とかは黒で統一したので、シンクも結局悩んで黒いホーローのシンクにした。やった。
水道の蛇口とかはちょっとモダンな、あまり大きくないクロームのやつにした。
出来上がりのイメージは頭の中に在るのだけど、果たして実物がどうなるのかは内装業者のジェロジェロと実際に作るビクト―の腕次第。
ぼくが作った設計図をもとに、彼らがいろいろとやることになった。
シンクの入った箱を抱えて車まで戻っていると、ぼくのiphoneが着信を知らせた。ジェロジェロから写真が送られてきた。
お! 覗いて、思わず、声が飛び出した!!!
「わお~~~~、やった~」
柱がもとに戻っている。一本の柱がもとに戻され、グレーの塗料を塗られてあった。
モダンだけど、歴史を感じる、イメージ通りの出来栄えじゃないか。ぼくは思わず、ジェロジェロに電話を掛けてしまった。

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」



「すごいじゃん」
「あはは、頑張ったよ。ムッシュ、こんなんでどうすか? ダメならまたやるから、正直に言って」
「ジェロジェロ、素晴らしい。大変だったんじゃない?」
「ムッシュ、大変だった。でも、あんたあのチェチェン人たちの心を掴んだ。彼らは仕事じゃなく、自分たちの意思であんたの思いを実現させたいと思って頑張ったんだよ。これは珍しいことだし、現場の人間たちにもきちんと話しをするあんたの思いが届いたということだと思うよ」
「いや、嬉しいなぁ。半ば諦めていたから、めっちゃ嬉しいよ」
「差し入れが効いたんだよ。また、パリのパン屋のサンドイッチでも差し入れてやってください」
「もちろんだよ、ジェロジェロ、そんなのお安い御用だ」
ということで、ぼくはマドレーヌの駐車場で、思わず、スキップをしてしまったのである。還暦スキップであーる。るんるん♪



ちょうど、お昼時間なので、このまま帰っても何もない。
息子も帰ってくるので、この日記で最多出場の朴訥なグルメこと、前田シンシェフの店まで足を延ばすことになった。
そこから車で10分くらい、リオン駅前の彼の店では、あの地球カレッジ出演以降、ランチボックスをはじめていたのだ。
あの日、ぼくが「日本の弁当やりなよ。補償金が出るのを待ってるだけの守りの人生は精神的によくないよ。シェフはキッチンに立ってこそだよ」なんて偉そうに言ったせいで、マエシンはステーキ弁当を販売しはじめたのである。
「辻さん、やってよかったす」
「おお、凄いね。豪華だ」
「なんか、DSを読んでくれた近所の日本の方が買いに来てくださるんです。やっぱ、料理人は厨房に立ってこそだから、初心に戻ったような気持ちになってます」
「何弁当出してるの?」
「今日はステーキ弁当とタラチリ味噌鍋弁当です」
「うひゃあ、豪華だね。前菜のサーモンマリネサラダとデザートの大きなパリ・ブレスト付きで25ユーロって、フルコースじゃん。このパリ・ブレストだけでも7ユーロはするでしょ?」
カフェの普通の一皿が、15から18ユーロくらい。欧州は物価が高いから、日本とはランチも比べもものにならないくらい高い。それを思うと、フルコースで25ユーロは安い方である。
「皆さんに喜んでもらえれば、こちらは働ける生き甲斐を貰ってますから。あ、すいません、忙しいので、また」
そう言い残して、シェフは厨房に戻って行った。相変わらず、朴訥だぁ。
でも、久々、マエシンに会えて、浮き浮きしてきた。こういうでっかい男をその気にさせるのが心地よい!

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」

Aux 2 saveurs
6 Rue Emile Gilbert
75012 Paris

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」

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地球カレッジ

滞仏日記「引き籠り父ちゃん、頑張ってパリ市内へ出かけるの巻」



家に帰り、学校から帰ってきた息子とマエシンの弁当を仲良く頬張った。
「ひゃあああ。うまーーーーー」
「パパ、うるさいよ」
「だって、美味いんだもーーーん」
「もーーーんじゃないよ、ってか、なんで泣くの!」
「だって、日本人が頑張ってるんだもーーん」
「相変わらず感動屋なんだから」
息子は笑った。ぼくは泣き笑いになった。
なんか、マエシンといい、ジェロジェロといい、そういえば二人とも2メートル級の身長である。そのでかい連中が地道に頑張ってるのが嬉しいじゃないのー。なんだかわからないけど、小さい父ちゃん、涙が途切れなかった。
みんな、こんな時代だけど、頑張ろう!! えいえいおー。



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