JINSEI STORIES

退屈日記「息子に助手をさせて、田舎に撮影に出かけることにした」 Posted on 2021/02/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスは毎日の感染者数が2万人を超えていて、日本の十倍。
しかも、人口が日本の半分なので、同じ状況になったら、日本だったら、どうなるだろう? と想像をして、悲しい苦笑がおきた。
英国をはじめ周辺国はもっと一日の感染者が多い。
欧州は一年間、ずっとこのような状態が続いている。
でも、昨日の夜からフランスは全土で冬のバカンス期に突入したのだ。
政府は本来であれば、バカンスなど中止させたかったと思う。
けれども、長引く制限生活で国民のいら立ちはマックスに達しているし、経済もこれ以上止めることが出来ない。
やむを得ないバカンスといえる。日本とは桁数の違う環境でぼくや息子はこれまでにない環境で生きているということだ。
ストラスブールに近い、小さな町モーゼルで南ア株とブラジル株の感染者が数百人規模で出て、今、大騒ぎになっている。
町を封鎖する勢いで、抑え込みをやっているところだけど、わずか、3,4日で急速な感染拡大(4日間で300人の感染が発覚)をしたらしく、これがバカンスとどう連動するのか、恐ろしいところである。
バカンス終わりと共に、新しいウイルスによる新たなパンデミックが欧州を襲い、フランスは三度目の全土完全ロックダウンがやるだろう、とも言われているので、戦々恐々としながら、毎日をおくっている。



「なぁ、アパルトマン見にいかないか?」
廊下ですれ違ったので、息子に、投げつけてみた。
「え? いつ?」
「今から」
「やだよ。家にいたい。せっかくバカンスになったのに」
「そうか、新しいアパルトマン、まだ見てないじゃん。見たくないの?」
「いつか見れるでしょ? 焦らなくても」
「撮影やるんだよ。自撮り撮影で。君に手伝ってもらいたいんだけど」
「ピエールと行けば?」
「ちょっとアルバイト料出すけどな」
「行く」
ということで、なんと現金なやつ。



NHKさんに頼まれたドキュメンタリーの制作は、もちろん、カメラはピエールなんだけど、ぼくの生活回りは自撮りがいいんじゃないかな、と思っている。
これはNHKさんの判断じゃなく、ぼくが考えていることで、ぼくの生活の身近なところは他者のカメラを入れたくないのだ。現実、いれられない。感染が怖くて。
自分で撮影できる可能な限り、この制限下で、自分を撮る方が、嘘がない自分と嘘のないこの最悪の世界を出せると思った。
もちろん、ピエールは友人だから、プロのカメラマンやスタッフが周囲にいるよりも、うんと自分を出しやすいけど、それでもぼくは自分を出すのが苦手、というか人間はみんな自分を出すのが苦手なので、息子に手伝ってもらい自撮りで自分を表現していきたい。
とりあえず、テストを兼ねて、新しいアパルトマンがある田舎に向かうことに決めた。
だめなら、使わないでもいいし、時間はあるので撮り直しはいつでもできる。ただ、こう思った瞬間の、このいまの気持ちを届けたいのだ。難しいけれど、・・・。
まず、それがどういうものになるのか、自分で試してみたかった。



NHKの「ちょい住み」という番組で俳優の成田凌くんとロンドンで生活するというのを2015年に撮影したけど、(あのあと成田君、大ブレークしたね。若さって、スゲー)あの時、成田君と実際にロンドンで過ごしたのは3,4日だった。
ディレクター、プロデューサー、スタッフ合わせると10人くらいの大所帯での撮影、それもある種のドキュメンタリーだけど、(番組はとっても面白かったけれど)、ああいう環境で素の自分は出せない。ってか、普通出ないよね。
出来ればもっと内的な自然な今の自分を残してみたいのだ。って、ぼくがディレクターじゃないのだけど、いまだ、ディレクターさんは出てこないので、笑、ぼくがプロデューサーのLさんを説得する形でどんどん進めちゃっている。笑。その方がいいかも。
ここに誰一人、日本からこれないことを幸いに。えへへ。ごめんね、Lさん。



Lさんはかなり許容量のある方で言う時は言うけど、どこかで、ぼくの創作魂を信じてくれているみたいなところがあって、今は、放し飼い状態が続いている。
このフランスの小淵沢(と呼んでるぼくの新しい生活地の田舎のこと)への旅行も黙ってやって、終わってから、データを送り付けるつもりでいる。笑。←筒抜けやろが?
彼女が最初の映像を見る時にはすでに撮影は終わり、パリに帰っている状態、を目指す。
って、ここで書いてるのは読んでないことを前提に話しているのだけれど、ぼくは裏をかくからね。えへへ。
つまり、予定調和にしたくないのだ。編集マンさんが最終的にLさんとこうしたい、ああしたいと素材をもとにぼく像を作り上げるのだろうけど、ぼくはいま、視聴者さんに偽った自分を見せたくないので、そのデータは、どんどん、自撮りしていきます。←決意。笑。
ピエールが撮影する外の世界のぼくはある程度予定調和の中にあると思う。役割分担を決めてぼくは撮影に取り組んでいる。
ピエールが最後には、まとめてくれるだろう。昨日、ピエールから雪景色のパリの映像3時間分が届いた。今朝、まだ観てないけど、さらに1時間分のテスト映像が届いているようだ。あいつはあいつなりに、勝手にやっている。さて、どんなドキュメンタリーができることやら、・・・。



「ツジー、お前が撮りたいものがわかる。お前のことだから、当たり前なものにしたくないのだろう。その葛藤する姿を俺がとる。だから、安心してくれ」
これはさっき、ぼくの携帯に入っていたピエールからのメッセージである。この日記の映像版のようなもの、日々の泡、日々の映像が、ぼくの中ではおぼろげに形を作ろうとしているのだ。
「さ、行くよ。荷物をまとめて」
「OK」
と息子が言った。
とりあえず、地球カレッジまでには戻ってこなきゃ!

退屈日記「息子に助手をさせて、田舎に撮影に出かけることにした」



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