JINSEI STORIES
滞仏日記「息子、16歳、最後の日に、父ちゃんは悩んでいた」 Posted on 2021/01/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子が昼に学校から帰って来て、
「パスポートある?」
と言った。
「午後、全国模試があるんだけど、アイデンティティカードが必要なんだ。ぼくの場合はパスポート」
探して、手渡した。彼が受け取った瞬間、
「これはお前の命に次いで大事なものだからな、失くしたら大変なことになる」
と言っといた。
「わかった」
「学校から帰ってきたら、パパにすぐに戻せよ」
何か分からないけど、イライラする。もちろん、コロナのせいだ。
こんなに世の中が大変なのに、息子は大学受験に向けて臨戦態勢に入っている。
コロナで未来がこんなに不透明なのに、模試って、いったいどういうことなんだ、と思った。でも、そんな不透明な時代を生きる今の子供たちのことを思うと暗くなった。
自分が息子くらいの時は、函館にいて、バンドやったり、街の中を走り回っていた。
今の子たちは、遊びたい年ごろなのに家からずっと、ずっと出られない。
明日、息子は17歳になる。
実は、ぼくが今、悩んでいるのは、息子の17歳の誕生日のお祝いをどうするか、そもそもやるかやらないか、について、だ。
二人ぼっちで生きてきて、8年目に入った。
光陰矢の如しである。あのチビが17歳だなんて!
明日の誕生日、コロナ禍だから、盛大な誕生会をしてやれない。
いつもなら、ぼくのママ友仲間たちがいろいろと仕掛けてくれたり、彼の好きな友人たちを招いて誕生日会をやったりするのだけど、さすがに今年はコロナだから、やりたいとも言ってこないし、やろうとも言えないでいる。
ウーム、と困った父ちゃんだ。
しかも、誕生日プレゼントも買ってない!!!!!
いつも「カチーーン」とされる息子だが、17歳の誕生日は一生に一度しかないので、何かやってやりたいのだけど、…。
で、ふと、離婚した当時はどんな誕生日をしていただろう、と思ってHDを引っ張り出して覗いてみたら、なんと、結構盛大な誕生日会をオーガナイズしていた父ちゃんであった。
知り合いに居合道の先生がいて、お弟子さんとチャンバラをやってくれたのだった。
そうだ、ぼくはフランスの子供たちにチャンバラを見せてやりたい、と思いついたのである。
それで、体育施設の室内球戯場を借りたのだった。
息子のクラスメイトなど沢山の子がやって来て、それはそれは賑やかな会になった。
チャンバラを教えてくれた松浦師範にぼくは合気道を習ったりもしていたし、彼はその後、ぼくのコンサートで舞踏ダンスを踊ってくれたりしている。パリ在住の優しい武士だ。
子供たちは松浦さんがこの恰好でやって来て、見事な剣捌きをみせたものだから、歓喜!
最後は全員一列に並んでサムライになった。
※日本のハッピを子供たちに配ったのだった! めっちゃみんな喜んでくれたよ。
ケーキをみんなでカットして食べ、誕生日の歌を歌い、拍手をして、たくさんのプレゼントを持って家に帰ったのだった。
それから、毎年、いろいろと趣向を凝らした誕生日会を父ちゃんはオーガナイズしてきた。でも、中3くらいから、いわゆるお誕生日会はもうやらないでいいよ、と言われてしまった。ついでに、お弁当も作らないで、と言われた。
その分、お小遣いをあげて、と言われた。あはは。
さて、17歳の誕生日、いったい、どうしたものか?
※息子のクラスメイトのお母さんが、息子のイニシャルの入ったクッションを作ってくれたのだ。このクッションはいまだに彼のベッドの上にある。彼がこれを抱きしめていた日のことを覚えている。ぼくは毎晩、子供部屋を覗きに行き、「子供部屋異常なし」と言い続けてきた。
そして、真ん中にいるぬいぐるみのチャチャも明日、17歳になる。いや、ぬいぐるいじゃない。家族だ。
…、涙。
それで息子が学校に戻る前に、さりげなく、聞いてみたのだ。
「明日なんだけどね」
「うん」
「なんにも計画ないんだけどさ。なんか食べたいものとかある?」
「ない」
「ケーキとかは?」
「うーん、別にいらないかな」
「プレゼントもいらないか?」
「いる」
いるんだ。笑。
「でも、明日だからね、なんかほしいものあれば、そんなに高くないなら、買ってやるぞ」
「ほんと?」
「誕生日会も出来ないし、せめてほしいものあるなら言えよ。ネットで取り寄せるよ。ただ、今日の明日には間に合わないけど」
「今は思いつかない。ちょっと待って。考えてみる」
「おけ」
これで、話しは終わったけど、明日、なんにもやらないのもどうなのかな、とも思った。
ケーキでも作ってやるかな。
いや、いつも作ってるし、そもそもあいつ甘いもの嫌いだから、喜ばないだろう。
じゃあ、なんか、美味しいものでも作ってやろうかな、と思ったけど、いつも美味いもの作ってやってるから、特に、喜ばないだろう。
きっと、そういうことじゃないんだよな、と思った。
じゃあ、普通が一番ということで、…。笑。
あいつにとっては一度しかない17歳の誕生日。
ささやかだけど、心に残る一日にしてあげたいけどなぁ、と父ちゃんは思うのだった。
さて、それはいったい、どんな一日なのであろう?