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滞仏日記「カッチーーーーーーーン、マジで、切れて、気絶しかけた父ちゃん」 Posted on 2021/01/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は、リモート面談の日であった。
この一週間、何度かに渡って、息子の学校の先生たち(息子の不得意科目の先生方)とのリモート面談がある。
夕方、その第一回、フランス語のマルタン先生との面談が行われた。
例年であれば、予め決められた時間に先生たちが待機する教室を回って、面接をする。
廊下に親がずらりと並ぶことになるので、今年はさすがにコロナだから出来ない。
で、オンライン面接ということになった。

滞仏日記「カッチーーーーーーーン、マジで、切れて、気絶しかけた父ちゃん」



マイクロソフトのTEAMSというシステムでやることになり、勝手がわからず、初めて使うので、繋がるまで緊張…。
予約表に書かれている時間に、接続ボタンを押してみた。ドキドキ。
フランス語のマルタン先生は初対面、どんな人かわからないまま、いきなり、出てきたのが、大学生か、と思うほどに年若いお兄さんで、(ごめんなさい)、たぶん、20代後半か、30歳前半という感じかなぁ。
しかも、喋り方が、めっちゃイマドキ。
説明しにくいのだけど、悪い人じゃぜんぜんないのだが、貫禄はなく、若者特有の軽妙さが滲んでいて、道端で立ち話をしているような感じですらあった。
「ああ、彼はっすね~、そうすね、まあまあですかね~。なんてのかなぁ、やる気はあるからいいなじゃないすかぁ、お父さん」
ときた。うわあああ、どうしよ~、苦手かも~。



「ところで、家では、何語で会話とか、してるんすか~?」
ちょっと誇張しているかもしれない。活字にするとかなり砕けた感じに聞こえるけど、マルタン先生のせいじゃない。それが若者特有の言葉遣いだからである。
そして、ぼくが老けすぎている日本人だからなのだ。仕方ない。
フランス人は大人が話す仏語と若者が使う仏語には明らかな差があって、ぼくなどは古風なフランス語を学んできたので(?)、若者言葉はぜんぜん、全く理解出来ない。
「何語ってぼくらは日本人だし、この通り、ぼくの仏語は酷い文法ですから、そういう酷いフランス語を使うと、息子に悪影響を与えると思うので、わかりますよね?」
ぼくがこう言うと、マルタン先生、即座に、そうっすね~、それはやめた方がいいっすね、と返してきて、父ちゃん、久しぶりの、
カッチィーーーン。
息子に言われるならまだしも、血も繋がってない君にそんなこと言われないとならないのかぁ、と腹が立った。←まぁまぁまぁ、お父さん…
多分、それはマルタン先生のせいじゃない。
上のぼくの台詞をマルタン先生の側に立って、どう聞こえたか、正確な日本語で書いてみることにしよう。すると、こうなる。
「何の言葉、つまり、それは難しいね。たぶん、ぼく、日本人だし、この通り、ぼくのフランス語、よくないしょ? モーベー(酷い)グラマー(文法)あるからね。そういうの家の中で、悪いフラ語を使っちゃうとですね、ぼくの子供にほんと悪いよ、影響ダメよ、分かるでしょ? あなた様も」
、的な感じ、( ノД`)…。
誤解のないように、ちょっと説明しておく必要があるかもしれない。
毎日、この日記で、フランス人の仲間たちとやり取りしている、いつものリズミカルな会話文、あれ、実は読者の皆さんが読みやすいようにある程度、整理整頓され、翻訳されているのだ。
真実を語れば、アドリアンと話す時も、リコと話す時も、ピエールやロマンとも、実はマルタン先生と話すレベルなのである。えへへ。



「お父さん、多分、家では日本語で会話するので正解だと思います。息子さんが他の教科に比べ、仏語が弱いのは当然です。お父さんが彼の仏語のチェックが出来ないことを誰も批判はしませんが、やらない方がいいし、彼は想像するに高2まで相当苦労して頑張ってきたんじゃないかなって、思うんすよ。でも、凄いなって思うのは、彼の仏語力よりもまだ頑張らないとならない生徒も大勢いるわけで、彼は自力でここまで仏語を自分のものに出来ているんだから、裏返せば、素晴らしいんすよ。しかも、やる気もあるから、ぼくはぜんぜん、心配してないっす。でも、お父さんは家では日本語をちゃんと教えてあげてください。フランス語は避けてね」
ううう、カッチーーーーーーーーーーーーーン、なんですけど、反論ができない。
何か言い返してやりたいけれど、言えない。
「あの、わたし、それ、しないから、先生、心配しないでいいよ。分かってるから、わたし、あの子が小さい頃から、家ではずっと日本ごだよ。にほんごしか、話さなかった。わたしはかれを日本人として育てたい。でも、彼はフランスで生まれた。だから、彼は自分で学ぶしかないよ、わかるでしょ、あなた様も」
あゝ、死にたい…。
マルタン先生は、同情するような顔をして、ぼくをじっと見つめていたが、今日はここまでにしますかね、とくに、彼は大丈夫ですから、オルヴォア(さようなら)、と言い残して、接続を切ってしまった。
悔しいィィィじゃないの~。



ぼくは怒り心頭に発した状態で夕飯の買い物に出かけることになるのだけど、マルタン先生からの精神的攻撃のせいで、言語中枢に支障をきたし、どこの店でも、まともにしゃべれなくなっていたら、ワイン屋のディディエにそこを突かれた。
「ツジってさ、何年フランスに住んでるの?」
いきなり馬鹿にされてしまった。
「19年も住んでるんだから、小学生レベルくらい喋れるでしょ? 恥ずかしくないの? あんた作家じゃん」
と詰られた。
そこに居合わせた近所のお客さんが、ディディエ、失礼よ、あなた日本語話せないでしょ、とぼくを擁護してくれたのだけど、ディディエが笑いながら言った最後の一言がぼくを叩きのめすことになる。
「みんなにバカにされてても気づかないんだ。可哀想なことに」
「ディディエ、テめ~、ふざけんな、この馬鹿ったれがぁ~」
と久々に日本語で怒鳴り返した父ちゃんであった。
※ 一夜で、あたし、フランス、嫌いになったよ、わかるでしょ、あなた様も…。

滞仏日記「カッチーーーーーーーン、マジで、切れて、気絶しかけた父ちゃん」

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