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退屈日記「朴訥なグルメ4」 Posted on 2021/01/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日も眠れなくて、性懲りもなくまた目標にしたフランス語の勉強もせず、なんとなく起きていたら、昼近くに、「ライン~」という音で起こされたので、覗いたら肉のマエシンこと前田真の嫁、佳代さんからで、子供たちを抱っこして「ZOO」を熱唱している正月動画、朝から凄いの見せられた。
「これ、夫が勝手に送っちゃったんです。申し訳ありません」
拍子抜けするような、きっと元旦の動画を見た直後、奥さんから平謝りのメッセージが届いた。

退屈日記「朴訥なグルメ4」



寝ぼけていたので、悪夢を見たような目覚めの悪い朝、というか昼で、やれやれ、と思いながら、
「ところでもうすぐ料理教室ですけど、どうしてます?」
と返すと、
「なんだか、料理教室が近づき、緊張するせいか、食べ過ぎ、年末年始で激太りしたので痩せないとカメラの前に立てない、と言い出して昨日から走り出しました」
と戻ってきたので、そこは誰も気にしないと思うけど、と思ったけど、そうは返さずほったらかしにしていたら、
「あの、心配していることがありますと、本人言ってます。お客さんはいらっしゃるんでしょうか?」
と来たから、正直な数字を伝えたら、
「えええええ! やっぱりぼくじゃダメなんだぁぁぁ、と部屋の隅で頭抱えています」
と佳代ちゃんから返事が速攻で戻ってきた。
朝から、うざいわ、こいつ、と思ったけど、
「オンラインスクールって直前で増えるし、みんな正月だから今は家族のことで手一杯なんですよ。それに、ぼくは一人でもお客さんがいれば有難いし、ぼくはECHOESの時、いつも一人の観客を頭に描いて歌っていたし、今もずっとそうなんだよ。満員じゃないとベストを尽くさないという考えはぼくにはない。音楽が好きだから、それを一生懸命聞いてくれる人のために歌う、それだけ。その一人に向けて一生懸命料理を教える姿を男マエシンに見せて貰いたい。自分はそこを期待しているので、数字のことなど気にするな、と伝えてくださいね」
と奥さんに返したら、
「本人、辻さんの言葉を聞いて、いきなり、キッチンに向かいました。昼食の時間だから、豚肉のグリルと作るそうです。単純ですいません。壁の向こうに1人の観客がいることを想定して、出来る限りわかりやすく説明をする、言葉の練習をしはじめています」
と今度はキッチンで料理する写真が二枚、送り届けられてきた。
うざいわ…。
「今、壁に向かって、ブツブツとこんなこと、呟いています。『1番重要だと思われるのが、バターの焦し具合と肉の焼き加減なんだ。バターに関しては映像や音で伝えられると思うんだけど、肉の焼き加減は手で触った感触なのでそこを伝えるのがぼくにはちょっと難しいんだ。そこをどう説明しようかだな』、これ独り言のようです」

退屈日記「朴訥なグルメ4」

退屈日記「朴訥なグルメ4」



「そこまで独り言言えるなら大丈夫じゃないの? でも、独り言って、それ佳代ちゃんに向けて言ってるんでしょ?」
「いいえ、私、廊下のドアの隙間からこっそり覗いてるだけですから、私にじゃないと思います」
「ちょっと、いや、かなり危ない人だね」
「真面目なんです」
「ま、そうだね、そう思っておいた方がいいね」
「朝、辻さんにZOOの動画を送った直後も、ECHOESのファンの人を冒涜しているようで、失敗した、歌い直そうかな、というので、やめとき、と言っときました」
ぼくはそこでやっと苦笑することが出来た。
ま、面白い男であることには変わりない。
「伝えたいことを言葉にする練習は確かにしておいた方がいいと思います。肉の焼き加減のところは大事なので、手で肉を押した時、こういう感じなら、火がいい具合で通ってるよ、と受講生の皆さんがよくわかるような言葉を、できれば佳代さん、あなたが考えて教えてあげておいてください」
「私が?」
「そりゃあ、そうですよ。人の顔を殴った時の、頬の硬さに似ています、とか言われても、みんなドン引きでしょ?」
マエシンは札幌時代、不良だった。不良で引き籠りなので、20歳くらいの時に、お父さんが心配でスイスに武者修行に出したのが料理人の始まりとなった。



やれやれ。寝起きとともにマエシンに振り回されて、頭が痛い父ちゃんだった。
こっちも昼ごはんを作らないとならない。何を作ろう。モスバーガーでも作ろうか!
起き上がり、ベッドに座り直した時に、再び、「ライン~」「ライン~」「ライン~」と騒ぎだしたので、ため息をつきながら覗くと料理の写真が続いた!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

退屈日記「朴訥なグルメ4」

退屈日記「朴訥なグルメ4」

退屈日記「朴訥なグルメ4」

退屈日記「朴訥なグルメ4」



シャポン肉(ブレス鶏の中でも最高級の去勢雄鶏)の皮の下にトリュフを挟んで焼いたもの。そして牛ステーキの上にトリュフをふんだんにかけられているものなどなど…。 
うまそーーーーーーーーーーーーーーーー!
「正月におせちのほかに、こういうのを頂けまして、この人の嫁になって、一番いいことは本当に料理が好きで上手だということです。それだけは太鼓判が押せます。あ、そういえば」
と佳代さんのメッセージが続いた。
「今日、これから散髪に行って、松重豊さんに負けないような二枚目になると、騒いでいます」
どうでもいいけど、なんで、直接自分からLINEしてこないで、佳代さんからメッセージが来るのだろう。
ぼくら、ラインを交換しているのに、思い返すと、マエシンから一度もメッセージが来たことなかった。
あけましておめでとう、くらい、年下なんだから、マエシンから言わないなら、ぼくからも言わないつもり。えへへ。
ということで、1月9日、お時間のある料理好きな皆さん、パリの有名ビストロで腕をふるい続けた朴訥な料理人の肉料理の心得を習ってみませんか? 
彼が言葉が足りない分はぼくがマシンガントークで応じたいと思います!! 笑。

前田真、プロフィール

1月9日、
前田真×辻仁成「家庭で作る最強フレンチ」

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*定員になり次第、締め切らせていただきます。
 



前田 真(まえだしん)
札幌生まれ。Restaurant Aux 2 saveurs オーナーシェフ

ジュネーブ、札幌、ブルターニュ、リヨン、パリと渡り歩き、星付きレストランや「chez michel」などの名店ビストロにて修行を重ね、その後数年「philou」にてシェフを務める。2020年、満を持してコロナ禍の中、12区リヨン駅近くに自分の店をオープン。フランス人にとってほっとする、クラシックで力強いフランス料理を目指し、癖のあるジビエ料理や肉料理を得意とする。

記事はこちらから⬇️

「朴訥なグルメ」
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1073/

「朴訥なグルメ、2」
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1090/

「朴訥なグルメ、3」
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1103/

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