JINSEI STORIES
退屈日記「ホームレスさんの家に見つけた、あるものにひっくり返った!」 Posted on 2020/12/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、朝起きたら、フランス政府のコロナ接触追跡アプリ「AmtiCovid」にメッセージマーク、赤い①が現れており、超、焦った。
誰か感染者と濃厚接触した場合、連絡が入ることになっている。
ぼくはずっとそれを恐れていた。
たしかに、ボンマルシェに行ったし、すれ違った可能性がある。
おそるおそる、アプリを開いて覗いて見ると、「メリークリスマス、よいお年を!」みたいな明るいメッセージで、ひっくり返った。驚かすなよ~!
気を取り直して、少し遠くまで、今日は走ることにした。
コロナ太りを解消させないと、もうライブが出来なくなってしまう。
ロッカーの誇りまで奪われるわけにはいかない。ランニングウエアに着替えて、さっそうと出発!!!
エッフェル塔を目指して走っていると、公園の入り口にホームレスさんの立派な家があった。(ホームレスと書いたが、テント生活をしている浮浪者さんなので、ホームレスだと本人は思っていないだろう。不法滞在者になるのかな???)
しかし、彼の家は(?)は、花壇まで勝手に作っての、可愛い生活。
前に日記でも紹介したことのある、ちょっと、不意に怒鳴ったりする、怖いホームレスさんなのだけど、久しぶりに前を通ったら、テントの入り口に、ひゃあああああああ、消毒ジェルのボトルが固定されているではないか?
な、なんでじゃ??
誰かが出入りしているわけじゃないだろう。
一人しか入ることの出来ない狭さだし、だとすると、ホームレスのおじさんがコロナから身を守るためにここにジェルを設置したという意味が謎過ぎる。
ならば、テント内に置いておけばいいのに、入り口に固定させる意味が分からない。
「もしも、中に入りたい場合、これで手を消毒してから入れ」というメッセージか、もしくは「社会的風刺」かもしれない。なんとなく、後者の気がした。
立ち止まる人たちを心の中で、彼がどう思っているのか、想像してみたら、いろいろな皮肉が思い浮かんで、くすっと笑ってしまった。
昨日、フランスで「英国などで出現して騒ぎとなっているコロナ変異種が見つかった」と言うニュースが流れた。
イギリスとフランスは密接しているし、飛行機やユーロスターに乗って毎日ものすごい数の人が行き来している。
日本で見つかったのに、フランスに入ってないわけがないだろう、と健康相の「我が国にはまだ入ってない」発言を相当白い目で見ていた父ちゃんだったが、やっぱりな、と思ったら、目の前が不意に真っ黒になった。
フランスにはイギリス人がたくさん住んでいるし、イギリスに住むフランス人もたくさんいる。英仏海峡を泳いで渡る猛者がいるくらい、近い。
実際、昨日フランスで発見された一件は、イギリス在住のフランス人で、17日より帰国していた。
ということで、フランス政府は慌てて、対策をたてた。
21日以降は、コロナ検査の陰性結果がなければフランス人であってもフランスに入国できない。
21日よりイギリスとフランスの国境ではフランス人トラック運転手たち数百人が足止めを食らっていた。
彼らが、フランスに帰るためにはコロナ陰性証明が必要だけど、ロンドンの検査場はすでに満杯。
しかも、検査料金が跳ね上がり、「1検査、300ポンド」もかかる。
トラック運転手さんはもちろん、フランスに逃げ帰りたいフランス人たちもパニックになっていた。
しかし、日本もそうだけど、各国、徹底した検査をし、水際でとめないとならない。
フランスでは、クリスマスパーティー前にコロナ検査を受けた人が殺到したが、そのうちの約2%が陽性だったのだ。
50人に1人の割合で感染者がいた。
たまたま、報道番組で「おばあちゃんに会いに行くのでテストしに来たという若者」をカメラが追いかけていたら、なんと、その青年は陽性だった。
もちろん、そのまま保健相に通報され、前述のコロナ追跡アプリを通し、この青年との濃厚接触者に保健相から連絡が入るという仕組み。
ぼくは今まで一度もないが、その通知を恐れているのだ。
出歩かなければ、絶対、大丈夫。不要不急の用事以外は暫く家を出ない、これが身を守る一番の秘訣になる。
こういう人類のドタバタをホームレスのおじいさんは皮肉る意味で、もしかするとあの消毒ジェルを入口に設置したのじゃないか。
実は、中身は空で、捨てられていたものをオブジェ的に飾ったのかもしれない。
ある意味、彼は風刺画家であり、現代アーティストなのである。
彼の行動そのものに、アートと哲学を見た。