JINSEI STORIES

滞仏日記「旅に出る。探すな。父」 Posted on 2020/12/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ついに、第二次ロックダウンが解除された。
一時は一日の感染者数が8万6千人にまで増加したフランス。
しかし、ロックダウンの効果が出て、昨日は約1万人にまで下げることが出来た。
しかし、まだ1万である。
クリスマスを目前に、国民の要望に押し切られる形で、フランス政府はロックダウンの緩和を認める形となった。
とはいえ、夜間外出禁止令がそれに代わって発令されたし、カフェやレストランの営業は相変わらず出来ないので、内容的には移動制限が緩和された程度のロックダウン解除となった。
今年は二回もロックダウンがあり、夜間外出禁止令が二度も出て、ぼくに至っては日本で二週間の自主隔離も経験したので、一年中、家にいる日々を送ってきた。
ということで日記に書き続けてきたように、軽度のロックダウン鬱の兆候が続いている。
精神的にもこのまま家事を続けていると創作が出来なくなるので、短いパリ脱出を計画することになった。



ところがである。
ロックダウンが続いていたので、ホテルは全滅、営業していない。
レストランが営業していないので、宿泊者の食べ物が確保できないからであろう。
ところが民宿、エアーB&Bはやっていた。
キッチン付きなので、営業することが出来る。
実は料金もホテルよりうんと安いし、綺麗なところも多いし、部屋は広い。
今時のエアーB&Bは誰とも会わないで入出でき、退出できる物件もある。
探したら、車でパリから3時間半、ブルターニュ地方のサンマロの傍の海岸に低料金の部屋を見つけることが出来た。
目の前はどこまでも続くイギリス海峡だ。写真で見る限り、文句なし。
ちょうど、3日ほど空室となっていた。
迷う暇もなかった。気がつくと支払いは完了。
やっちまったぜ。えへへ。



問題は息子だけど、まあ、なんとかなる。
いつもぼくが心疲弊すると旅に出たがる性格だということも知っている。
ぼくが日本出張のたび自炊してきたので、2週間程度ならば一人で生活できるスキルを身に着けている。
学校を休んだことも遅刻したこともない、超皆勤賞男なので、心配ご無用なのだ。
スーパーで当座の食料品を買って、テーブルの上に並べておくことにした。
近所のアジア食材店に行き、日本のカップ麺とレンジ用の白米(日本のがなく、はじめて買った韓国製)、日持ちするサンドや野菜、チキンナゲット、ニョッキ、トマトソースなど、もしぼくの滞在が長引いても一週間弱、やっていけるだろう食材を揃えた。
卵とかソーセージとかは冷蔵庫に十分入っているので、何か適当に作って食べるだろう。

滞仏日記「旅に出る。探すな。父」

※最近はアジア系のスーパーに行けば日本のカップ麺が買えるからありがたい。



ぼくの方は、人に会うつもりもないし、宿の周辺は海と山しかないので、ついでに、自分の分の食料品も買い込んでおいた。
こちらはワイン、やはりレンジ用白米、中華三昧塩ラーメン、缶詰、チーズとかおつまみ、日持ちする食材などなど…。
あと、塩胡椒、オリーブオイル、ごま油、醤油、などの調味料も小さな入れ物に移し替えて持って行くことに…。



それらを鞄に詰め込んでいると、ナイスタイミングで、携帯にママ友のオディールからメッセージが飛び込んだ。
「ヒトナリ、クック―(ヤッホー) どうしてるの~?」
ぼくは食材を詰め込んだ旅行鞄の写真を送ってみた。
「ええええ??? 旅行に出るの?」
「うん、サンマロに行く」
「マジ??? ロックダウン解除と同時に? やるなぁ」
ぼくはシングルファザーだし、作家だから、逃げようと思えば、小型パソコンを持ってどこへでも逃げることが出来る。
でも、普通の主婦はそうはいかない。
お子さんがいて、ご主人が働いていて、家を守らないとならない主婦たちはぼくみたいに、3泊4日、家出しますと言って家を空けることは出来ないのだ。
それを思うと、ちょっと心苦しくなった。
「サンマロかぁ。でも、この時期、誰もいないわよ。冬の海岸線なんて」
「構わないんだ。パリはロックダウン解除と同時に人が出て、凄いじゃない。クリスマス前だし、感染も怖いし、人も怖い」
「そうね。ボンマルシェもギャラリー・ラファイエットも凄い人よ」
「ああ。滞在先はサンマロから15分くらい離れた寂れた漁師町だから、人には会わないし、宿の真ん前が海だから、暖炉に薪でもくべて、海でも見てるよ」
「えー、ずるい。いいなぁ。私たち、今年はクリスマスも無しよ。うちの親は80過ぎだから、感染を怖がってるから。田舎に帰れない」
「だったら、南仏とかに宿借りて家族で過ごしたら?」
「いやよ。狭い部屋借りて、そこでも家事しないとならないのよ。ごめんだわ」
「わかる。ごめんね、ぼくは一人、らくちんになって」
「でも、ヒトナリは自分を大事にした方がいいわよ。あなたは作家だから、感性を研ぎ澄ませないと、ほんとうは家事ばっかりやってちゃダメ」
「ありがと。ちょっと疲れが溜まってるから、海の音を聞きながら、本でも読んで過ごす。息子の世話をしないでいいだけでもずいぶんと楽だ。それに、海までの運転が気晴らしになる。きっと海についたら、癒されるだろう」
「ヒトナリ、気を付けてね」
「うん、ありがとう」
「ボン・ボワヤージュ!(良い旅を)」
「ありがとう! 海の写真をおくるよ。行ってきます!」
ということで、ぼくはロックダウン解除と同時に、旅立つことになったのである。
つづく。

滞仏日記「旅に出る。探すな。父」

※とりあえず、今日のランチはこれでしのげよ、父。

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