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退屈日記「欧米に比べ圧倒的に感染者数の少ない日本で医療崩壊がはじまった? の謎」 Posted on 2020/12/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、最近、日本からのニュースを読んでいると、菅首相が国民の気持ちを読めてないのかなぁ、と思うことが多くなってきた。
日本で暮らしてないからよくわからないのは事実なので、偉そうなことは言えない。
でも、様々なニュースを追っていると、怒ってる国民、不安に思ってる国民に向き合ってない印象をちょっと感じる。
そんな中、日本から届くニュースで一番不可解に思ったのが、旭川市で医療崩壊が始まったかも、というニュースであった。



というのは、日本の一日の感染者数が今日、3000人を超えたそうだが、フランスは先月、9万人に手が届きそうな日があった。(今は1万ちょっとまで下がっている。フランスの陽性率も20%くらいあったけど、今は6%まで下がった) 
最初のロックダウンの時、医療従事者の離職者が相次ぎ、危機説が出ていたが、なんとか、持ちこたえた。
フランス全土で医療崩壊が起きてないのに、単純計算、約30倍もの開きがあり、先進国日本の医療制度が部分的であるにせよひっ迫し、医療崩壊の兆しが出ているという現実は、実に不可解で、不思議でならない。
単純に、欧州よりも、日本の方が医療体制が脆弱ということであれば、欧米並みの感染者数にならないでも、全国的に医療崩壊がおきる危険性があるということか…。
しかし、世界各国の病床数の比較において、日本は人口あたりの病床数は世界一多いことになっている。じゃあ、何が原因? 



まず、医療従事者不足というのは考えられるだろう。
賃金が安いのに、まさに命がけの仕事だから、コロナ第一波の後、離職者が増えたのも関係しているだろう。
しかし、これはフランスでも全く同じ状態が起きており、第一次のロックダウンの後、物凄い数の離職者が出て、退職された元看護士の方々が動員されていた。ならば、他にも原因があることになる。
で、調べていくと、一つには病院の再編、統合というのが日本では進んでいて、病床数がやや減少していた、ということがわかった。
これも、実はフランスで同じようなことが続いていて、たとえば、パリ最新情報で出した記事からだが、パリ郊外の救急医院に勤務する医師の話しとして「三つの大きな病院を医療従事者不足から一つにまとめたことでものすごく苦しくなった」というのがあった。
そこは、一人の医師と十数名の看護師だけで、救急病棟を任せられている。
しかも、もともと3つあった病院のエリア全域を受け持っている。
全国でこういう状況が続いているということだったので、そこも日本と似ている。
なので、もっと他に原因があるはずだ。



で、いろいろ調べてみると、フランスなどは病院の管理を自治体や国がコントロールしているということが分かってきた。逆に日本は民間が多い。
大手病院に勤務する医師に聞いてみたところ、意外な返事が戻ってきた。
「病床も日本の場合、ベッドをたくさん空けておくと病院経営に影響が出るので、入院の必要性がある患者さんは出来るだけ入院させているんですよ」
よく、うちの母さんなども、入院を勧められて、「ちょっと数日入院してくるね」と旅行気分で出かけることがある。保険で賄えるからだ。
フランスの場合、政府が管理しているので、パンデミックなどに備え、一定数の空白ベッドを準備しているし、コロナのような事態がおきると、病院が政府の管理下にあるのでコントロールしやすい。
日本との大きな違いかもしれない。



それと、日本はまだ欧米ほどの感染爆発が起きてないので、医師や看護師がコロナに対して、慣れていないということもあるかもしれない。
今、まさに、これまでにない過酷な状況の中で実績と経験を積んでいるところだから、強い体制がそのうち出来るとは思うが、欧州はご存じのようにベッドが足りなくて、廊下で寝て順番を待つ人が溢れたくらいの超過酷な時期を経験したこともあり、第二波の今回は最小限で最大限の医療体制を構築できたのじゃないか。



ただ、先に述べた通り、感染者数がこの年末年始の人の出によっていっそう膨らんだ場合、すでに日本医師会からはSOSが出ているので、本当に食い止められるのか、という懸念が出てくる。
医療体制の再編と統合をやってしまった日本、これをコロナに対応できる状態に早急に改善するのはなかなか簡単なことではないらしい。
医療崩壊を防ぐために自衛隊が出動しているというニュースも衝撃だったが、感染者数じゃなく、医療体制が崩れてきていることは、妊婦さんや他の病気で手術をしないとならい人への影響もかなり深刻なのである。
経済が先かコロナ抑制が先かという議論ばかりが世界中で続いているけれど、医療現場の崩壊を食い止めないと、経済どころじゃなくなる。
フランスも毎回、経済を優先させていくのだけど、結局、なぜロックダウンをやるのかと言えば、医療現場を守るためなのだ。
政府分科会の尾身さんがここにきて、急に、厳しい提言をしはじめたのは、尾身さんもお医者さんだからこそ、感じる危機感なんだと思う。
これは病床数だけを増やせば解決できることじゃない。
政府が強い指導力で、感染拡大を抑える多方面の対策を、病院を支えながら、同時進行でやらないとならないということであろう。

退屈日記「欧米に比べ圧倒的に感染者数の少ない日本で医療崩壊がはじまった? の謎」



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