JINSEI STORIES
退屈日記「雑感。家事からどうやって逃げらればいいのか」 Posted on 2020/12/11 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子が学校に行ったのは、ドアが閉まる音で分かったけど、起きれなかった。
それで、うとうとしていたら、今度は息子が帰ってきた、ドアの音で目が覚めた。
午前中、一時間だけ授業を受け、昼ごはんをうちで食べ、また学校に戻るウイークデイ。
夫が毎日、昼めしを食べに会社から帰ってくるのは、新婚時には嬉しいだろう。
でも、長年連れ添った妻にとって、昼の時間くらいのんびりしたいのに、と思わないだろうか?
思わないか…。
ぼくが主婦ならきっと思うな。
何を作ろう? 冷蔵庫に何があったっけ?
で、息子は10時に一度帰ってくるけど、12時半には学校に戻る。
学校への片道が15分だから、一時間くらいの滞在時間となる。
学校でおとなしく友だちと給食食べてくれよ、とさんざお願いしたいのに、給食はまずい、と訊かなかった。
自分で作るからと言うので、許可したけど、なしくずしになってきている。
というのは、ぼくも食べるから、どうせ食べるなら一人前も二人前も一緒なので、つい、作ってやってしまうのだ。
なんか、話が違うな、と思うけど、受験生だし、コロナ禍だから家にいてくれていいんだけど、…やれやれ。
滅多に切れないギター弦が切れた。不吉な朝である…。
ロックダウン中だけど、一日中家にいて家事だけをやってると本当に気が滅入る。
月に1度か2度は必ず主夫ストライキをやりたくなるけど、これが、全くやらなければ家が回らなくなる。
買い物しか、外に出るチャンスがないので、仕方なく買い物に出かける。
カフェとはやってないけど、スーパーのはしごが毎日のぼくの気晴らしって、すごい時代だな、と思う。
フランプリで肉を買い、カルフールで野菜少し買ってから、G20に立ち寄ってハムとか…。
昨日は15区のモノプリまで車で行って、駐車場が今はタダなので、停めたい放題が気晴らしになり、申し訳ないから、モノプリで文房具をちょっと買って、近くのKマートでゆめにしき(イタリア米のコシヒカリ?)を買って、結構、遠出した気分を味わった。
Kマートは韓国系のスーパーだけど、日本食材も豊富で、日本のお惣菜も売ってる。
料理好きなぼくからすると、めっちゃ高いので、買わないけど、眺めるだけでちょっとした気分転換と献立のアイデア収集になる。
日本語が聞こえてきたので、振り返ると、4人組の日本人主婦たちが、きゃあきゃあ楽しそうに冷凍食品を漁っていた。
混じって、きゃあきゃあ騒ぎたい、と思った。その衝動が怖くなった。
何買うんデすかぁ、と吐き出しそうな、自分を抑えるのに必死で、柱につかまっって悶えていると、韓国人の店員さんに、仏語で、サヴァ?(大丈夫ですか?)と訊かれたので、ケンチャンナヨ(ダイジョブ)と唯一知ってる韓国語で戻したら、韓国人だと思われ、ヴァーーーーっと話しかけられ、否定するのが面倒だから、アイアムジャパニーズ、と言ったら、笑顔になって、ヴァーーーー―――っと韓国語でさらにまくしたてられてしまって、困った父ちゃん。
そうこうしているうちに日本人主婦さんたちはいなくなっていた。
ぼくの空しさが埋まらない。
いつも買うつもりはないのに、ストレスのせいで買い過ぎてしまう。
Kマートで60ユーロ(約8000円)も使った。支払の時の後悔ったら半端ない。
5キロのゆめにしきは定価24ユーロだ。でも、美味しいお米はアジア系スーパーでしか買えないから、無理してもここで買う。
で、1キロのゆめにしきは5ユーロくらいするので、5キロ買うと25ユーロで、5キロ詰めを買う方が、1ユーロおとくなのだ。
1ユーロのために、頑張るぼくをいったいあなたはどう思いますか?
日本で必ず買って帰るサントリーの角が(日本だと1000円くらいなのに)、Kマートだと44ユーロ(5000円)だった。この間まで28ユーロだったのに、ずいぶん急騰している。もう買えない。がっかり。
日本のウイスキーは諦めることにする。人生、いろいろと諦めないとならない。
ぼくの日常はこのように、過ぎていく。
それはあなたの日常とどのくらい違うだろう?
さてと、ぼくはキッチンに立った。
まずは、自分のことはさておき、息子になんか食わせないとならないからだ。
昨日買ったエリンギで和風オイルパスタを作り、昨日の残りの筍と油菜とあげのタイタンを添えた。
おいしいか、と訊くと、うん、と戻ってきた。
そして、この日記をアップしたら、今日の買い物に出かけることになる。やれやれ。
贅沢は敵だ。