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滞仏日記「家族ってな~に、と息子が訊いてきた」 Posted on 2020/11/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ロックダウン中だけれど、ぼくら辻家は喧々諤々ながらも、なんとか日々、乗り越えることが出来ている。
相変わらず、返事をしない息子だけど、まあ、つかず離れずやっている。
進学についてはフランソワーズ先生に委ねたし、先生からも「心配しないで、私がやります」という返事を頂いていているので、預けっぱなしになっているのだが、どうやら、息子に確認をしたところ、まだ何も話し合いはされていないようだ。
コロナでみんなちょっと疲れているし、少し時間をかけてこの問題は解決するしかないかな、と思って様子をみている。
そしたら、今日、簡単な料理を教えた直後に、そのおいしい料理を頬張りながら、ちょっと相談をしたいことがある、と切り出された。
なに?



「パパ、家族ってなに?」
おっと、困った。こういう展開かぁ…。
「そうだね、世界で一番、気を使わないでいい存在かなぁ」
息子は考えている。うかつなことは言えないな、と思った。
「あの、ネットで調べたらね、血のつながりがあったり、結婚した人と作る集合体とあった」
「まあね、でもそれだけじゃないかな」
「困った時に助け合うことが出来る、なんか精神的な結びつきのある関係って書いてるサイトもあった」
「まあね、たしかに。でも、それだけじゃないな」
「パパとぼくはしっかりとした家族だよね?」
「もちろん」
「ある時はお互いを縛りあって、ある時は支えあう関係が家族かな? なんか縛りあう縄みたいなものがあって、時々、とっても不自由で、時々、それが命綱みたいになる? そういう関係なのかな?」
「それはいいポイントだね。お前にとってはパパがうっとうしいと感じる時と、いることで安心できる時とか、あるだろ? そういうものかもしれないね」
うん、と息子が納得をした。



「ぼくにとって家族といえば、パパのことなんだけど…。たとえばぼくが誰かと結婚をしたら家族になる?」
「まぁ、そういうことだけど、思い当たる人いるの?」
息子はすっとぼけた。今はいない、と言ったけど、いるのかな?
「まだ、16歳だからね、君は」
「うん。でも、知りたいんだ。家族ってなにか?」
「そりゃあ、いいことだ。家族は大切だと思う。家族って空気みたいなものだから、いるだけでいい存在。いろいろな家族があるからね、こうじゃなきゃいけないってルールや定型はないし、決めつけなくていい。LGBTの家族もあるし、お前とパパのような世界最小の家族もいれば、20人くらいの大家族もいる。結婚してなくても、子供がいなくても、たぶん、世界中にはいろいろな家族がいてつながってる」
「わかるよ。いろんな家族がいるの、わかる。パパとぼくみたいな変な家族もいるしね」
「ああ」
「ぼくは家族って落ち着ける場所だと思ってるけど、それでいい?」
「その通りだと思う。ふるさとみたいなものだ」
「ぼくは日本人だけど、フランスで生まれた。でも、日本の歴史や文化と繋がってる。ふるさとって、たとえばぼくが卵焼きやみそ汁が好きだってことなのかな?」
「その通り。ってか、パパが作る料理がお前のふるさとだと思う」
息子が微笑んだ。思い当たったみたいだ。
「家族って次第に出来ていくものだよね。いろいろなところから集まって、言葉にしないけど、感謝をする関係でしょ? いただきます、とか、ありがとう、とか、おやすみ、とか、ただいま、とか、行ってきます」
「それね、君に一番足りないものだと思う。パパがいつも言うだろ? おはようって、そしたら、おはようって、言い返すべきじゃない?」
「でも、家族だから返さないんだよ、言葉にしないでもいい関係が家族じゃないの? 」
「なるほど」
ぼくは噴き出してしまった。その通りだと思ったからだ。



「本音を言える関係」と息子。
「そうだね、何でもいいあえるのが家族だ」とぼく。
「っていうか、当たり前の関係だね。パパとはいつも、本音だもの。パパにだけは一度も気を使ったことがない。パパもぼくに気を使わないでしょ?」
あ、それは違う。パパはいつも気を使ってる。でも、これは言えない。

あはは、と笑った。親と子ではちょっと違うのだ。でも、それは説明する必要はない。
「でも、なんで、家族のことを聞いてきたのかな?」
「いや、別に…。ただ、家族はいいなって、思ったから」
「なんで思った? 相手がいるの?」
「いいや」
しーーーん。
「お前がいつか誰かと結婚をして、一緒に生きると決めたら、まずは一番小さな家族が出来る。実はそれで十分だと思う。お前にはパパがいるし、その人にも親がいる。で、もしも、子供が生まれたら、家族が増える」
「離婚をしたら?」
「それはいろいろ、その人たちで異なる。いろいろな家族があるからね、血がつながっていても、仲の悪い人もいるし、血がつながってなくても家族と呼べる関係もあるんじゃないの?」
息子は何か考えている。
ぼくは黙って、彼が次に言う言葉を待った。



「きっと、ぼくは家族を持ちたいんだと思う。誰かのために生きてみたい」
「いいんじゃないの」
「でも、まだ相手はいない。まだ16だから」
「焦らないでいいんじゃないの?」
「うん」
ぼくらはそこで会話を終えた。
息子が学校に戻る時間だった。思わずたくさん話すことが出来たけど、実は、その話しの核心には届かなかった。



でも、この一生のテーマに、少しずつ、近づいて行けばいいことなのだ。
息子は教科書の詰まったリュックを背負って、片づけをしているぼくの前にやって来た。
そして、珍しく、行ってきます、と言った。
「行ってらっしゃい」
ぼくはそう告げて息子を送り出してやった、家族らしく…。

滞仏日記「家族ってな~に、と息子が訊いてきた」

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