JINSEI STORIES
滞日本日記「ならば、子育ての方向性を180度変えることにした」 Posted on 2020/11/01 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子の「学校を変える」発言から一夜経った。
ぼくは自分がやって来たことへの失望と絶望で昨日は非常に暗かった。(昨日、打ち合わせをした皆さん、ごめんなさい)
ぼくは自分がこれまで少し息子を、甘やかし過ぎたのかもな、と反省していた。
その結果、言えば何でも自由になる、と息子が考えてしまうようになったということだろう。
でも、現実というものがぼくらをとり囲んでいるので、気が変わったから、といって世界も一緒に変えられるほど世の中甘くない、ということをまるで理解出来ない息子の思考回路に、ぼくは衝撃を持った。
ちょっと自分には不都合だからと、あっさりと自分の決めた目標、或いはこれまでの努力を無にしてしまうことや、あるいは逃げるように方向性を変えてしまうことはかなり危険で幼稚な考え方であることを教える必要がある。
もちろん、弁護士はやめて音楽の道に進みたいというのは16歳だから別に構わない。
しかし、何年もかけて悩んで決めた将来を(どのような本当の理由があるのか分からないけれど)一瞬で変更してしまえる、この現代的というか、今時の子的な、変わり身の早さ、優柔不断、意思の弱さに、ぼくは失望をしたのだ。
心のどこかに、うちの子に限って、という勘違いがあったのは認める必要がある。
つい、先月、長い議論を得て、国立の大学へ入り、弁護士をやり、日仏を繋ぐ仕事をしたいとさわやかな顔で語っていた息子を思い出した。
何があったのか分からないが、「モチベーションが持てない」「人の個人的問題の解決のために働く弁護士と言う仕事が自分にはむかない」とまでいいだして、開いた口がふさがらなくなったのは、そもそも、彼だけの問題じゃなく、ここまでの自分の子育ての仕方にもある程度間違いがあったのかな、と反省をした、次第である。
こうやって、ころころと自分の人生を軌道修正するのは実によくない。
彼は仲間たちと高校生ブランドをやると言い出して大騒ぎしたり、進路が決まらず頭を抱えやっと決まった進路を僅か一月ほどで180度変えてみたり、恋人が出来たと騒いだ翌日にはただの友達と言ってみたり、石の上にも三年どころか、三日坊主ということばがお似合いのお坊ちゃん型根性の薄さに、ぼくはそれを誤解し、認めてきてしまった甘ちゃんの父親としての責任を感じたのである。
そもそも、もうすぐ17歳の青年なのだから、自分が思い描いた通りの大人になってほしい、と願っている時点で間違いだ。
それは親の過大な期待というもので、子供にとっては重荷でしかない。
そこで、ぼくはまず、息子への期待の大部分を捨てることにした。
うちの子はとっても頑固なので、説得をするのに、やたら多くの時間が必要になる。
とりあえずぼくはリサとかオディールなどの息子の母親代わりのママ友たちに、息子から相談が来ても、彼の側に立って安易なアドバイスはしないでほしい、とくぎを刺すことから根回しをはじめた。
映画学校へ進む親友アレクサンドル君の影響がちらほら見えるので、だとするとアレクサンドルのお母さんであるリサが、リサは母親のように息子にアドバイスするものだから、今回も間違いなく裏で糸を引いている可能性があるので、「ぼくはとっても困ってるよ。うちの子はうちの子なので、そこには口出ししないでね」とメッセージを送ることにした。
とにかく、息子が母親のように慕っている数名の日仏ママ友たちにも警告することにした。
もちろん、ぼくの子育てが間違えていたのだ、という一言も添えて。
で、ぼく自体は「子供に弁護士になってもらいたい」とか「いい学校を出てほしい」とか、そういう期待を一切捨てることにした。
これも極端ではあるが、思えば自分の若い頃も含め、親の期待通りに育つ子供なんかいないし、気をもみ失望するだけだから、導くという横柄な考えは捨てて、寄り添う、くらいに変えることにした。
それから、人生の厳しさを分からせた方がよさそうなので、口で説得すれば反発する性格なのを知り尽くしているから、以下のようなメッセージを送り付けておいた。
「音楽をやるなら学校行っても意味がないので、高卒と同時に働きに出なさい。私立のお金がかかる音楽専門大学にどうしても行きたいなら奨学金をとって行くように。そのお金は、将来、働いて自分で返すことになるよ。君が目指す音楽の仕事は学校で学ぶものはほとんど少ないし、そのキャリアはフランスでは通じないので、パパの経験上、若いうちに実践の場に出た方がいいから、まず、働きなさい。そうならば高校を変える必要もない。そもそも高校は今から変えると、手続きや審査などかなり大変なので、不可能だから、そのまま今の学校を卒業すればいい。大学受験が必要ないのなら、高校を卒業できればいい。弁護士だとある程度安定的な生活が出来るけど、コロナ禍や頻発するテロのはびこる世界で、いっそう音楽の仕事は安定しないだろう。仕事がない時にはパンさえ買えなくなるよ。実際、パパはパンが買えなかった時代がある。少なくとも今パパが毎日作ってるような美味しい料理は家を出たら、食えないと思っとけ。それでも君が音楽の仕事を選ぶならもう反対しない。でも、パパを頼るな。お前の面倒を見るのは成人するまで(フランスは18歳から成人)。パパは、これから自分の余生を考えて生きることにするから、それに、パリにいつまでも家があると思うな? パパは田舎に家を探してるから、見つかり次第、パリを離れます。君は郊外の屋根裏部屋で暮らし、切り詰めた生活をしていくことになるだろうけど、パパもそうしたよ、もしかすると、輝かしい夢が君の人生を繋いでくれるのかもしれないね。夢を追いかけるということには必ずリスクや不安定が付きまとう。そのことだけは肝に銘じてください。健闘を祈る。父」