JINSEI STORIES

滞日本日記「学校を変える、と息子からいきなりメッセージ。父ちゃんは激怒」 Posted on 2020/10/31 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、また、息子から連絡が途絶えていたのだけど、昼前に、
「学校を変える」
というメールが届いて、腰を抜かした父ちゃん…。
すぐにメッセージを送り返したが、返事が戻ってこないので、電話もかけたが出ない。学校を変える? 何があった? 
これは普通じゃないし、この9月にやっと高校2年生になったばかりなのだ。
順風満帆とは言わないまでも、成績もそこまで悪くないので、このままいけば国立の大学には入れるはず、であった。
弁護士を目指すとあれだけ力説していたのだけど、それもやめるということ? 
息子の中で何が起こっているのか、起きたか、分からないけど、ぼくはともかく怒っていた。
身勝手なやつだ!
でも、その理由を知らないと怒るに怒れない。
しかし、電話にもメールにも反応しない。
うううううう、気持ちはカッチーーーーンだけど、不完全燃焼である。



幾つかの仕事や用事をキャンセルしたが、この時期、パリ行きの便数が少なく、ロックダウンだし、やっと航空会社と話し合い、なんとか一日帰国が早まった。それでも、まだ一週間ほどは東京に残らないとならない。
ぼくは一時間置きに、電話をしなさい、とメッセージを送るのだけど、なしのつぶて。
昼食も喉を通らない、…。
息子の中で何が起きているのか、いろいろ想像するのだが、全く思い当たらない。
『今回のロックダウンで学校が閉鎖されなくてよかった。ぼくは学校が好きだし、学校がないとモチベーションがあがらないし、このままオンライン授業が続くと、落第するかもしれなかった』
と言ったばかりだったじゃないか?
『息子こころと秋の空か』
と窓の向こうに広がる秋空を見上げながら、苦々しい気持ちでため息をついた。
「なに考えてるんだ? なにかあったのか? とにかく、ラインでもワッツアップでもいいから電話をしなさい。しろよーーー」



夕方、地球カレッジの第一回講師を引き受けてくださった大阿闍梨塩沼亮潤さんとオークラホテルで打ち合わせをしている間も、息子の問題がちらついてしょうがなかった。
携帯を何度も見ながら、あの野郎、と声にならない声が心を焦がし続けるのだった。
打ち合わせをしたホテルを出て、とぼとぼと駅まで歩いていると、ようやく、メッセージが飛び込んできた。
「モチベーションが沸かない」
なんだと? 怒りながら、再び、電話をするのだけど、出ない。
「弁護士目指すのはやめる」
は~? おい、おいおいおい、ふざけるな。何、言ってるんだよ。
怒りのメッセージを路上で仁王立ちしたまま、打ち続けていると、アメリカ大使館警備のおまわりさんに、あの~、そこで立ち止まらないで進んでください、と言われてしまった。



「この学校はエリートにしか関心のない学校だから、ここにぼくの居場所はない。自分を大事にしてくれる学校に3年生から編入する」
とまた送られてきた。
父ちゃん、高層ビルのたもとで、途方に暮れた。泣きたい。
怒り心頭に発しながら、なんども、電話をかけつづけた。
わざと出ないのである。あの野郎!
仕方ないので、
「コロナやテロで国も世界もパニックになっている時に、お前を受け入れてくれる学校なんかないし、そんな優柔不断なお前を雇ってくれる会社もない。パパとあんだけ話し合って、パパの反対を押し切って科目を選んで、弁護士目指すって宣言したの自分だろ?なのに、その舌の根が乾かないうち、なんで未来をころころ変えるんだよ。そんなことで生きていけるのか? なんの仕事につく気なんだよ? え?」
と送った。既読にはなるが、やはり返事は戻ってこなかった。
どちらにしても、東京で怒っても埒が明かない。こういう問題は面と向かって話さないと、あいつが何を考え、悩んでいるのか理解してやれない。



仕事も手につかず、部屋でごろごろとしていると、枕元の携帯が、チン、となった。ワッツアップにメッセージが入った合図であった。
「ぼく、音楽の道に進む」
「は? 仕事あるわけないだろ?」
怒りより、あっけにとられ、絶句の父ちゃん。
「進む。そういう大学があるから、その中で一番いい学校を目指す。やりたくない仕事は出来ない。パパには悪いけど、ぼくの人生だから」
ここは冷静にならないといけない、と思った。
「音楽とか芸術で暮らしていけるほど世界は甘くないし、コロナで経済がボロボロの欧州でまともな仕事なんかない。失業率何パーセントか調べてみろ。お前、何食べて生きて行くんだ。パパにもしものことがあったらどうやって生きていくんだ? え?」
返事なし。
「お前を今から受け入れてくれる高校もないし、今の校長が激怒するぞ」
返事なし。
「家族養っていけない。毎日、茹でたパスタに塩かけて生きていかなきゃならないよ。お前の子供が栄養失調になる。お前のかみさんは激怒するだろう。トマトソースさえ買えなくなるんだからな」
返事なし。
「成人したら、パパはもう一切面倒をみないからな。それでもいいのか?」
返事なし。
「趣味は趣味にしなさい。本業があって、それで生計をたたて、趣味で音楽はやればいい。お前は音大も出てないのに、音楽の仕事なんかできない。エンジニアを目指すにしても、音楽の知識が必要だし、無理だよ。なにより、楽譜読めないじゃん」
「パパも読めないじゃん」
うおおおお、帰ってきたぁ、強烈な一言!
カッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。



「パパはラッキーだった。でも、時代が違う。CDなんか売れないし、音楽はタダの時代だ」
「でも、技術をつけて、音楽のエンジニアになりたい。音楽はなくならないし、その力は十分にある。仲間たちにも認められている。何より、モチベーションがあるんだよ。お金よりも生き甲斐を持って人生を進みたい」
こりゃあ、ワッツアップのトークでやり取りできる話しじゃなかった。膝を付け合わせて、もう一度向き合わないといけない。夢と現実は違うのだ。やれやれ。落胆の父ちゃんであった。
「とにかく、よく考えろ。パパは反対だし、そんなにコロコロ目標変えていたら、何も出来ない。待ってろ、すぐに飛んで帰る。飛行機無くても、飛んでく。すぐに、だ!」

滞日本日記「学校を変える、と息子からいきなりメッセージ。父ちゃんは激怒」

自分流×帝京大学
地球カレッジ