JINSEI STORIES
滞日本日記「息子がまたしても持論展開、普通のロックダウンじゃダメ!」 Posted on 2020/10/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「家の窓を全部変えることになったので今日15時に計測に行きたし」といきなり大家からSMSが入った。「今、東京です」と戻したら「誰かいませんか? 今日しか業者の時間がない」と相変わらずのフランス流マイペース。そこで、息子に電話をした。やむを得ない事情なので、電話をしたのだ。寂しいからではない。
「もしもし」
「…うん」
相変わらず、不愉快そうな声だ。けしからん。
「寝てたか? もう11時だぞ。ぐうたらするなよ」
「起きてるよ」
「朝ごはんは食べたか?」
「なに? 用事は」
この生意気な応対どう思います? あ、パパ、電話ありがとう。ぼくは元気だよ、パパは元気? くらい言えないものか。
「用事もないのに日本からわざわざ電話?」
カッチーーーン。
「あのね、窓を全部取り換えることになったんだよ。で、業者が15時に計測に行く。お前、立ち会ってくれるか?」
返事なし。めんどうくさそうな顔をしたのが見えた、気がした。
「お前の部屋のそのボロボロの窓が、最新型の二重窓になる、冬は寒くなくなる。どんなに大きな声で歌っても外に声が漏れない。どうだ?」
「わかった。いるよ」
やれやれ。ぼくが世界で一番気を使う相手である。
この主従関係に、カッチーーン。
「自分の部屋、片付けとけよ。人が来るんだから」
返事なし。
「ついでにキッチンも、皿とか洗っとけ、見られるぞ、汚いシンクが」
返事なし。
「窓があるところ、風呂場とか食堂も掃除」
返事なし。
「15時に来るんだから、それまでに片付けとけ」
返事なし。
「あと、靴は玄関で必ず脱いでもらうように」
「ええ? それぼくが言うの? SMSでパパから大家さんに話してよ」
返事あり。
「分かった。一応、伝えとくけど、脱がなかったらお前が言えよ」
返事なし。たぶん、小さく、舌打ちしやがった。カッチーーーン。
「いいか、ウイルスは玄関で立ち去ってくれることはない。ウイルスを家の中にいれないあらゆる手段を講じないとダメだ」
返事なし。
「家に入る前に、業者には手の消毒をしてもらえ? それから彼らが歩いたところは床拭きをするんだ」
返事なし。
「それやっとかないとお前、感染するかもしれないからな」
返事なし。
「聞いてんのか?」
「うん。うるさいくらい聞こえてる」
「じゃあ、返事くらいしたらどうなの?」
「返事してるよ」
「聞こえなーーーーーーーーーーい」
「はいはいはい」
「はい、は一度でいい」
「うるさいよ」
「あ、お前今、なんて言った親に向かって」
「パパ、もう少し穏やかに言えないの? ぼくは小さな子供じゃないんだから、頭ごなしに言われたら、ちょっとむかつくのくらい分からないの」
カッチーーーン。
でも、ぼくはこの久々のカッチーーーーンのおかげで発奮している。立つんだジョー。
「なに? ジョーってだれ?」
「あ、それから、一日の新規感染者が5万人を超えた。有名なお医者さんは検査が追い付かず実際には10万人くらいは毎日感染者が出ているはずだからって、とネットで訴えてた。パパが帰る前に、多分、もう今週末から、再びロックダウンになるからニュースは必ずチェックしておけ。レテシアさんに2週間分の食料を買っておくよう頼んでくれるか?」
返事なし。
「おーい」
「聞いてるよ。パパ、普通のロックダウンをやったら、フランスは終わる」
「でも、ロックダウンしか手がないって科学者が言ってる」
「科学者は経済を考えてない。それは政治家の仕事」
そういえば、息子が前に「ロックダウンは意味がない」という持論を展開したことを思い出した。ロックダウンが明けた途端に若者が街に繰り出し、再び感染拡大をする、その繰り返しを止めないと意味がない、と言ったのだ。
「ロックダウンしないで、どうやってこの感染拡大を封じ込めるわけ?」
もう少し、息子と久々の会話を楽しみたいので、執拗に訊き返す作戦にでてみた。ここからはフランス語に切り替えた。
「経済を止めないで感染を抑えるために、あのね、部分的ロックダウンをやればいいんだよ」
「それはどんな?」
「まず、残念だけど、一切の娯楽を停止しなきゃならない。これは我慢しないと感染はくい止められない。会社も閉鎖、完全なテレワークにする。小中は続けるけど、高校と大学は閉鎖。夜間外出禁止時間を夕方17時以降、朝の6時までに延ばす。残念だけど、レストランの夜の営業は出来ない。で、金曜日の17時から月曜日の朝6時までを外出禁止にする。ただし、工事事業者や都市機能を維持するために必要な人は働くことが出来る」
「なるほど」
「こうすると、ウイークデイの昼間に人々は外出することができる。若者の感染を抑えることが急務なので、週末をロックダウンにするんだよ。こうすることで感染拡大を防ぎ、一番心配されている医療崩壊を抑えることも可能となる」
息子は持論を展開する時はちゃんと喋れる。もちろん、フランス語でだけど。起き上がって、ベッドに腰かけた絵がぼくの頭の中に浮かんだ。
「あと、医療従事者不足が深刻なので、大至急、彼らの給料を増やす。医療従事者の待遇を相当改善しないかぎり、医療崩壊を食い止められない。お金を正しくつかって、離職した人たちを呼び戻すんだ。必要な予算は優先的にそこへ回す」
「なるほど」
「入院患者の数の動きをみていると、第一波より、第二波の方が酷いので問題は医療の現場だと思う。政府はここに最大限の予算を投下しないと、第一波よりも多くの死者が出る。今日、250人以上の人が亡くなられている。パパが帰ってくる頃には500人かそれ以上になるだろうね」
「なるほど」
「でも、そんな状況でも、普通のロックダウンをやったら、フランスは二度と立ち上がれなくなるよ。科学者はそれしか手がないというだろうけど、経済も実は命にかかわっている」
「たしかに」
「強力な方法で感染を食い止めても、経済が崩壊したらまず、生きられなくなる。成果が出るまで部分的ロックダウンを続ける」
「科学者は全土でロックダウンをやろうとしている」
「それをやると物凄い重圧で人々は苦しむし、解除された途端に再び感染爆発になるよ。部分的なロックダウンを持続させるのが効果的だと思う。たぶん、春まで、もしくな夏前までこの状態がスタンダードになる」
「そんなにか?」
「パパ、2021年も多分、この厳しい状態は続くんだよ。大事なことは、この新しい生活に慣れていくこと。その中で娯楽や文化を残す新しい方法を模索し、確立していくこと。新しい価値感に早くシフトすることだよ。生き残るためにそれぞれがやり方を変えていかなきゃ、コロナが出現して世界が変わったのに、同じ生き方を続けられるわけないでしょ。コロナウイルスも生き残るために変異を繰り返し、より強くなってるんだ。人間もそれに対抗して、新しい生き方、生活の仕方を考えていかないとならない。じゃあ、ぼく、お腹空いたから、ごはんを作る。切るよ」
「なに、たべるの?」
「今日は餃子ライスかな」
「出来たら、写真送って」
返事なし。
ということでフランス時間の昼過ぎ、息子から餃子ライスの写真が届けられた。16歳の進化がそこにあった。
※卵焼き、完璧。餃子の焼き加減、美味そうだ。食べたい。