JINSEI STORIES
自主隔離日記「隔離ブロイラー状態、父ちゃんの下腹がやばいの巻」 Posted on 2020/10/16 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、東京入りして一週間が過ぎたが、隔離って、一番辛いのは運動出来ないことで部屋の中を歩くのには限界があって、しかも、やることなくてつい無駄に食べてしまい、お風呂に入る時に鏡に映った自分の姿に、おおお、醜い、と声が飛び出てしまった。
声だけじゃなく、腹も出てる。妊娠五か月くらいに成長している、ひゃあああああ~。
ぐいっと掴んだら、1キロの豚肉くらいの塊が掴めてしまい、おののいた。
ぼくは加齢という言葉が嫌いなので、いつまでも年齢に抗って、周りに何と言われようと、年齢不相応で生き抜きたいと思って地道に努力をしてきたのだけど、時々、重力に負けてしまうように、加齢に打ちのめされることがある。
人間、老けるのは当たり前なので、年相応でいいじゃないか、というやつらがいるんだけど、父ちゃんの実年齢は61歳なんだよ。年相応はやだ~。
今日、マイクロソフトニュース見ていたら「60代からの意外な記憶低下対策法は?」という記事があって、恐る恐る開いたら、広告だった。
函館時代の同級生とこの間、久しぶりにライン電話やったら、最初、誰だか分からなかった。そういう現実を見せつけられると人間という生き物はそっちに引き寄せられて、「なあ、つじちゃん、一緒に老けよう。
そんな若ぶって生きてどうすんだぁ、なあ、一緒に極楽みるべー」と言われているような気になって、思わずライン電話切ってしまった。
すまね~。
だから、パリでは走ったり、わざとエレベーターのついてないアパルトマンを借りて、四階まで毎日、食材抱えて上り下りするという過酷な修行を自分に強いてきたというのに(ちょっと大げさですね)、そういう努力が僅か一週間の自主隔離で水の泡になってしまった。
外に出られないことで、太陽にもあたれないので精神的にも病んできたし、運動と太陽は人間本当に必要なのだ、と改めて思わされた。
そこで、「あがらない尻はない」のKEIKO先生のYouTubeを見て、ベッドの上で下がってきたお尻を持ち上げる運動を午前中やったのはいいけど、なんかタイツの上から肉が飛び出してるのにがっかりして、途中でやめてしまった。
すまね~。
50代と60代の美魔女が顎の下のぜい肉をなくすドリンクというのを飲んでいるCMがヤフーニュースに流れていて、つい、見入ってしまった。
ドリンク飲んで顎の下の落ちてきた肉がアップできるんだ、すげー、俺も飲みて~、と大声を出している自分の精神状態が心配になった。
父ちゃんも最近、めっちゃ気になっているのが、顎の下の肉、手のむくみ、足首のむくみ、目の下のクマなどである。
そこに、出っ腹が加わり、もう最悪じゃ。どうしたものだろう。
すまね~。
そういえば、抜け毛が気になると騒ぎだした息子に(詳しくは、10月6日の日記に譲る)ぼくは、日本の抜け毛スプレーは世界一だから見つけてきてやる、と約束してきたのだ。
実際、オリーブオイルでいいか、と思っている。
ラベルだけ造り変えて、「増毛」とか筆で描いた和紙でも貼っておけば気休めになるだろう。すまね~。
ぼくも高校生の頃、抜け毛が多くて悩んでいた。
でも、細くはなったけどまだいっぱいあるし、白髪もない。
息子の前で自分の髪の毛を引っ張りながら、「パパが昔使っていた最高級の育毛剤を買ってきてやる。
日本の科学力はフランスの非じゃない」と豪語してきた。
つまり、思春期の子供にも悩みはあるということだ。
病は気から、抜け毛も気からだ。「めっちゃ効くんやで」と言っとけば、信じる者は救われるになる。
まてよ、じゃあ、父ちゃんもそうだろうか?
加齢とか前期高齢者なんて言葉に振り回されないで、あっけらかんと生きていれば、老化なんか関係なくなるというのか、確かに…。おお、なんとなく気力がわいてきた。
生きる希望じゃ。
人間はあんまり頭でっかちになっちゃだめなんだ、と思う。
賢そうなふりしても、しょせん、人間は動物であり、創造主にはなれない。
現実の壁があるのに、それを超えようと思うと絶望してしまう。
おバカでいいんだってことだ、と思った。
ひとなり、考えすぎるな。おバカになれ。
ぼくはギターを持ち出し、弾き始めた。
食べるのも忘れ、汗だくになって、弾きまくった。
もやもやしていた気持ちが晴れ渡っていく。
隔離による精神的な鬱を音楽が癒してくれた。
下腹が出た61歳の男の叫びを聞いてくれ!
すまね~。